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おもちょろい夫

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面白いことを、ちょろっと漏らしがちな夫が登場するエッセイです。面白いだけではなく、たまに哲学的なことも言ったりします。
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記事一覧

おんなは股関節

 かつてNHKの朝の連続テレビ小説で、「おんなは度胸」という作品があった。最近つくづく思うのだが、度胸と同じくらい、股関節は大事だ。  40代も中盤になってくると、生理前後の体調不良を感じることが増えてくる。何となく調子が悪いという感覚は、積もり積もると、生活に影響が出てくるものだ。  正々堂々休んでしまうのも手なのだが、洗濯物やホコリ、髪くずを見て見ぬ振りでやり過ごすのは、なかなか忍耐力がいる。蓄積されていく家事を横目で見ていると、寝ていても気持ちがちっとも休まらない。

楽ちんの《ちん》とは何か

「楽ちんの《ちん》って何だろうね」  休日の昼下がり、夫がそんなことを言い出した。  聞いていたラジオ番組がショッピングのコーナーになり、 「これがあると、楽ちんですよ!」  そんな商品紹介をしていたらしい。  確かに、考えてみれば、 「これは楽ですよ!」  で意味は通じる。わざわざそこに《ちん》をつける必要はない。  Xなど文字制限のあるSNSが流行し、何でも略し、簡潔に伝えることが多くなっている昨今、わざわざ 「楽ですね」  で済むことを、文字数を増やしてまで 「

アベベの靴

 「そろそろ靴を買い替えたらどう?」  夫が通勤時に履いていく靴が、どうにもくたびれてきた。一年近く前から、そろそろ靴を買い替えようと、夫はネットで検索し、出掛けたときに靴屋を見かけると、良さそうな靴はないか、眺めてはいたようだが、どうも、これ、といったものが見つからないらしい。  夫がここまで同じ靴を履きつぶすのは、初めてかもしれない。夫は靴にはうるさいほうで、あれこれ、横文字のメーカー名を口にしては、ここのは靴底が張り替えられるんだ、とか、こういった革靴は足になじんで

おじいちゃんのネギ焼き

 私たち夫婦は、とにかく食べ物が好きだ。  それもあって、食事中や晩酌中には、飲食店の厨房に密着した動画をよく見ている。  どこのお店も本当に手際がいい。仕込み、調理、提供で大わらわなはずなのに、厨房がピカピカだったりすると、見ていて胸のすくような気持ちになる。  その日見ていたのは、若い店主が営むお好み焼き屋さんの動画だった。  ジュージュー焼かれる、美味しそうなお好み焼き。その魅惑的な映像を眺めていると、夕飯を食べたばかりのお腹が、きゅるきゅる音を立てた。  どうや

新生活をどう過ごすか

 そろそろ新生活に向けての準備を始める人も多かろうと思う。  人生の様々な節目に、引っ越しはつきものだ。新生活に向けて、家電を準備したり、部屋を探したりと、芽吹き時というのはどうにも落ち着かない。  新生活というものは何もかもが新しい。  新しく住む町に慣れるまでは、目に映る全てのものが自分に抗っているように感じてしまうものだ。  数年前、埼玉に引っ越すことが決まったとき、東京生まれ東京育ちの私は、故郷から離れる切なさを感じていた。でも、なんだかんだ言って埼玉は東京から近

導入化粧水を導入

 「ねぇ、これ買ってみようと思うんだけど、どうかな?」  夫が私に買い物の相談をしてきた。わざわざ訊くのだから値段が張るものなのだろう。そう思い、身構えながらパソコンのモニタを覗くと、そこには小さなボトルが、ちょこんと映し出されていた。 「なんだい、これは」 「導入化粧水だって」 「導入……?」  私は思わず渋い顔をした。  正直、私はお肌のケアというものに、かなり無頓着のほうだ。牛乳石鹸でバシャッと洗顔したあとはその辺の油でも塗り込んでおけば充分だと思っている。  薬

聖徳太子の練習

 2024年7月3日。いよいよ渋沢栄一が1万円札の顔になる。  長いこと拝んできた諭吉の顔も見納めと思うと、なんとなく寂しい気持ちになる。  福沢諭吉は40年もの長きにわたって、1万円札の顔を勤めてきたわけだが、その前、元祖1万円札の顔といえば、聖徳太子だった。  聖徳太子は10人の人間が同時に話す言葉を、聞き取ることができたと伝えられている。最強のヒアリング力を誇る聖徳太子だが、我が夫も、太子様に負けず劣らずの耳を持っている。  私は同時にいくつもの音を聞くのが苦痛な

上を見たらキリがない

 こうしてあれこれエッセイやら小説などを書いていると、世の中には才能あふれる人がたくさんいるという事実に直面することばかりだ。   上を見たらキリがない。  わかってはいるものの、ついつい上を見て、首が抜けそうになる。  自分には書けないような、素敵な文体を見ると、 「あー、すごい。うまいなぁ」  などと思う。  文体だけではない。  ミステリー、ファンタジー、SF、時代もの、怪奇もの、青春もの。そんな数々のジャンルを書ける人が、プロだけでなく、アマチュアの書き手にも多

聖夜に放電

 今年もクリスマスが終わった。  長年、夫婦二人でクリスマスを過ごしていると、余程のご馳走でも揃わない限り、そうそう盛り上がるものではない。  私はワインが大好きなので、クリスマスになると決まって、ワインを水のように飲み、パスタを食らい、チキンをかじり、またワインを水のように飲むという、イエスが見たら呆れるような、飽食のクリスマスを送っていた。  しかし近頃、寄る年波か、ご馳走を食べてもいい日に、何を食べたらいいのかわからない、という情けない状況に陥っている。  元々、大

スペイン語で懇願

「そういえば、『ムーチョ』って、スペイン語で『もっと』っていう意味らしいよ」  何が「そういえば」だったのかは忘れたが、夫にそんな話をしながら、私は鍋物をつつき、ビールを飲んでいた。他愛ない、夕飯時の夫婦の会話である。  夫は妻が唐突に披露した豆知識に、これといった返答をするでもなく、ただ一言、 「へぇ」  と言って目を輝かせていた。   思えば私は、これまでスペインと縁もゆかりもない生活をしてきた。  マドリードに行ったこともなければ、スペイン人の知り合いもいない。

犬神家がやって来た。

 先日、服を新調した。私の横に広がったボディを少しでも小さく見せようと企んで購入した紺色のカーディガンだ。それを部屋の鴨居にかけていたら、いつの間にやら夫が着ていた。 「ほら、見て」  夫がくるりと一周回る。  残念ながら、私より似合っている。  細身の人は何を着ても大概似合う。悔しいが、ここで不満を言っても仕方がないので、私は正直に褒めた。 「あら、ステキよ」  すると夫は、間髪入れずにこう訊き返したのだ。 「え? スケキヨ?」  唐突にやってくる犬神家の気配。  夫

タイパに目覚める

 今は何でも、時短が叫ばれている時代である。  世の中にはありとあらゆる時短グッズが登場し、多くの人が、そういった製品を買うことで、僅かばかりの時間を買っている。  かけた時間に対する満足度が高いかどうか。  いかに効率よく時間を使うか。 「コスパがいい」  は、一般的に使われる言葉になったが、今はそのコスパを凌ぐ勢いで、 「タイパがいい」  と、いう言葉が使われ始めている。  それだけ、令和を生きる人々は、時間を有意義に使いたい、という欲求が強いのかもしれない。  

話を聞いてほしい話

 クレイジーケンバンドの曲に『タイガー & ドラゴン』という歌がある。サビの部分で、ボーカルの横山剣さんが 「俺の話を聞け~。5分だけでもいい~」  演歌のようにこぶしを回し上げた後、 「貸した金の事など どうでもいいから~」  と歌は続く。  できることなら貸した金はキッチリ耳を揃えて返してほしいが、そんな事情を差し置いても、とにかく今は話を聞いてほしい。そういう気持ちが、私にもよくわかる。  どちらかといえば私は話したがりなほうだ。  思考の声は絶え間なく頭の中を流れ

猪木弁当

 私の夫は寸劇役者である。  大体の場合、その幕は突然上がり、余韻がないままに急に幕が下りてしまう。  たった一人の観客である私は、突如として始まった家庭内寸劇に笑い、うろたえ、呆然とするのが常である。  ある日、私は仙台にまつわる話をいろいろと調べていた。  仙台といえば、楽天イーグルスの本拠地でもある。食べ物好きの私は、楽天モバイルパークで食べられるスタジアムグルメのサイトを眺めていた。  これまで私は、野球というものに関わりを持たずに生きてきた。そのせいか、野球のス