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上を見たらキリがない

 こうしてあれこれエッセイやら小説などを書いていると、世の中には才能あふれる人がたくさんいるという事実に直面することばかりだ。 

 上を見たらキリがない。
 わかってはいるものの、ついつい上を見て、首が抜けそうになる。

 自分には書けないような、素敵な文体を見ると、
「あー、すごい。うまいなぁ」
 などと思う。

 文体だけではない。
 ミステリー、ファンタジー、SF、時代もの、怪奇もの、青春もの。そんな数々のジャンルを書ける人が、プロだけでなく、アマチュアの書き手にも多くいらっしゃる。

 名を馳せた作家さんならば、
「やっぱり器が違うなぁ」
 なんて遠い国の出来事のように呑気に見ていられるが、ごく近しい人にそれをやられてしまうと、
「ひー」
 声を上げずにはいられない。すごいすごいと上を見上げすぎて、本当に首がすっぽり抜けて、頭が坂道を転がり落ちていくのではないか、なんて思ってしまう。

 この日も、私はそういった才能に出くわし、上を見上げては、キリのない状況に陥っていた。抜けかけた首を定位置に戻し、どうにか夕飯の支度を済ませ、食卓につく。
 箸を手に、ため息をつきながら私は夫に話しかけた。

「いやー、世の中にはさ、すごい人がいるもんだよ。ファンタジーも書けるし、ミステリーも書けるし、時代ものも書けるし、何だって書ける人がいるんだから、本当にすごいよねぇ……」

 こういうとき、心ある人は
「君の作品だって悪くないじゃないか」
 とか、
「自分ができることからコツコツやっていくしかないよ」
 などと言って、相手の落ち込みをなだめたりするものだ。

 実際、私は励まされる気満々で、食卓にこの話題を持ち込んだわけなのだが、チラリと夫を見ると、なぜかその鼻の穴をパンパンに膨らませていた。
 そして、これから威嚇を始めるゴリラの如く、グイッと胸を反らせ、こう言ったのである。

「俺だって、和食も食べるし、洋食も食べるし、中華だって食べるよ。ジャンル問わず、何だって食べちゃうんだからっ! ね、すごいでしょう?」


 私はふと、食卓に目を移す。
 テーブルの上には、

麻婆豆腐【中華】
青菜のおひたし【和食】
正月の残りの筑前煮【和食】
チーズの入った洋風オムレツ【洋食】
前日の残りのスパゲッティ【洋食】
玄米【和食】
10種の野菜入りポタージュスープ【洋食】 

 これらの食べ物が何の脈略もなく並んでいる。
 夫は、
「あら、昨日もお会いしましたね」
 などと、調子よくスパゲッティに挨拶しながら、一日経過したモソモソの麺を頬張っている。あからさまな残り物のオンパレードであるにも拘わらず、夫は、目の前に並ぶ和洋中の食べ物を、機嫌良く口に運んでいたのだ。

 人様の才能に羨望の眼差しを向ける暇があるなら、無心でひたすら文章を書き、残り物でも何でも食べてくれる夫に感謝したほうがいいのかもしれない。

 そんなことを思いながら、私は麻婆豆腐【中華】を口に運んだ。



 

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