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青空見ると退職する症候群 2話

〜前回のおさらい〜
親にあれよあれよと操作されて歩んだ道「理容師」は興味がないという致命的な感情と突如現れた腰椎椎間板ヘルニアに寄りやる気を失ったある夏の日の午後、蝉時雨の中で私は「あ、仕事辞めよ」と思い立ったのであった。



しばらく私はボーッとした。

何をしたいわけでもない。
私がしたかったのは大学に行く事だった。
巻き戻したい事は巻き戻らない。
タイムマシーンが欲しいと常々思っていたが、風の便りてま過去にはいけないと聞いた事がある。本当に退路を断たれた気がした。
季節はどんどん過ぎていく。そうしてまた蝉時雨に喧騒が消されそうになる頃、私は思い立った。

そうだ。家を出よう。

お前の頭はJRか?と突っ込まれそうな思考回路だが、数分後には支度を終えて車を走らせていた。真っ黒に輝くゼストが国道をひた走るほど小一時間。私は最も賑わう県庁所在地にいた。
駅はビルの如く巨大でたくさんの高層マンションが立ち並び、道路いつの間にか片道三車線へと変わっていた。そして私は何となく目に入った不動産屋さんの門を叩いた。

爽やか好青年が笑顔で出迎える。
床はPタイルではない。なんだこの上質そうな絨毯は。なんだこの上級階級空間は!!
少し震える汗ばんだ田舎者に好青年はそっと話しかける。

「お部屋をお探しですか?」

それに私は声にならない声で「んおふぁい!」と答えた。そう、キモい。
そんな便所虫みたいな私がぎこちない笑顔をしていると爪先までケアが行き届いたお手で手前の椅子をさして囁いた。


「どうぞお掛けください」

私は夢を見ているのであろうか。この人の事…好き。などと浅い妄想を掻き消してくれたのは他でもない目の前の好青年だ。


「マンションタイプとアパートタイプがありますが、マンションタイプの方がよろしいでしょうか?」

そうだ、コイツは私に部屋を借りさせる為に言葉巧みに口説く悪い男だったんだ。危ない危ない。
そんな事をぼやきながらも颯爽と内見を済ませてめぼしい部屋を仮契約した。
この頃の私は何も知らない箱入りなんちゃらという類の生き物だった。
ただ住めればそれでいい。
だから日照条件も周りの使い勝手さも家賃も共益費も隣人も何もかもど返してでさっさと借りたのだ。
両親は戸惑っていたし、怒ったし、悟しもしたが聞く耳を持たない私に剛を煮やして保証人の欄にサインをしてくれた。
そう、釈放された瞬間だった。シャバの空気は高級料理のフルコースのようだった。
早速いろんなものを買い揃えて私は街に繰り出した。駅前の不動産に飛び込んだ私は自ずと駅前に住む事になったので立地条件は西日を除いて完璧だった。
そして引っ越して2日目。私はお散歩した。
少し脇に入ると少し家庭菜園程度の畑があり、田舎出身の私にとってちょっとした心のオアシスになった。コーヒーの美味しそうなカフェが路地にあり、到底一日では把握しきれない街並みに秒ずつ驚いていた。
それに疲れた私は涼もうとふとコンビニに寄った。田舎のコンビニと違い、人は弛まなく出入りし、大通りに面した大繁盛店。そこは県の支部直営店だった。アルバイトだがみんなネクタイをし、男性はスラックスを履き、女性は大人しめな色味のパンツを履いていた。髪もしっかりと地毛色でピシッとしている。
こんなところあるのか。と思いながら扉に目をやると【アルバイト募集中】の張り紙だった。
気付いた時には私はそこの店長と話していた。飛び込みでエントリーしてきたのは初めてだと苦笑いしていたが、自分の弟と私が同じ歳らしく、それだけの理由で採用になった。それで良いのか直営店。と思ったが受かったのならこっちのもので必死に働いた。気付いた頃にはバイトリーダーみたいになってた。
順風満帆じゃん?なんて余裕をかましていたある日、青天の霹靂が従業員を襲った。あのテキトー採用店長がクビになったのだ。

横領だった。

よくはわからないのだが2回目だったらしい。
よく一度目を許したな。と感心したが、そんな事はどうでも良いくらいの忙しいさが私たち上位志士らを襲う。店長が採用したできない奴らはクビになり、新しい店長代理と気の合わない高校生たちも次々と辞めていったのだ。それもそのはずた。あのテキトーさ加減でのほほんと稼働していた直営店舗は全店舗の見本になるべくスパルタ再教育になってしまったのだ。
どんどん減るクルー。
気付けば私たちリーダー格と数人しか残っていなかった。駆り出された私は目まぐるしい日々を送ることになる。朝出勤して夕方退店、準夜勤出社して夜勤と交代。その昔はブラック企業なんて言葉は無く、無理する事は素晴らしい事、インフルエンザは我慢するもの、疲れている事が素晴らしい事だった。
そんなある日、私はカウンターの中で卒倒した。
救急車の中で目を覚ますと、素敵なオレンジ隊員さんが優しく気遣ってくれる。本気で私は眠れる森の美女になったみたいだなどと反吐の出るような事を思いながら速やかに運ばれた。

診断結果は「過労」

 医師の診断書には一週間ほどの療養と書かれ、私はその通りに休む事にした。箱入り両親が箱入り子供を迎えに来てくれた。久しぶりの実家だ。
そんな休みを満喫していた私のものに一本の電話が入った。数時間後には一番偉い方とニ番目に偉い方が菓子折りを持って頭を下げにきてくれた。もちろん両親は一喝する事もなく

「この子が体が弱いのが悪いんですよ。お気になさらないでください」

と笑顔で対応した。安定の毒さ加減である。
そうして私の療養は3日で終わった。頭を下げにきた目的は謝罪ではなく、早く現場に戻って欲しいという懇願だった。毒々しい母は

「そんなに必要としてくれてありがたいね」

と笑顔で私に言った。

…眠れない日が続いていた私は明け方、お気に入りマグに淹れたコーヒー片手にバルコニーへと出た。あーなんて素敵な朝焼けだろう。空も日本晴れで真っ青。気持ちのいい朝だなぁ。
朝の風に吹かれながら隣のバルコニーを見ると、嘘みたいな真緑のブラジャーがひとつだけ干してあった。たった一つの真緑ブラジャーが風に揺れているのをみて私は思わず吹き出してしまった。
私の中ではお抹茶のような真緑のブラジャーは無いからだ。
涙が出るほど笑った。そう言えばここ数ヶ月、愛想笑いをしても心からは笑ってなかった。こんなどうでも良い笑えもしない事がおかしいだなんて。私は疲れているんだな。

よし、辞めよ!!

そうして私は悪魔のようなコンビニ勤務を終えるのであった。



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