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【書籍レビュー】オウム死刑囚魂の遍歴井上嘉浩すべての罪はわが身にあり

暮も押し迫った中、楽しみにしていた本がアマゾンから届き、あっという間に読み切ってしまった。

門田隆将著
オウム死刑囚 魂の遍歴――井上嘉浩 すべての罪はわが身にあり https://www.amazon.co.jp/dp/4569841376/ref=cm_sw_r_cp_apa_i_DpygCb12HN7JP

私がなぜこの本に惹かれたかというと、井上嘉浩の経歴に並々ならぬ興味を持ったことと、
福島原発の吉田所長や光市母子殺害事件の本村さんを題材にした作品でノンフィクション作家として評価の高い門田隆将氏が書くというのだから、興味がわかないはずがなかった。

さすが門田氏だ。目のつけどころがやっぱりすごいと思ったのだ。

まずは井上嘉浩について。ホーリーネームはアーナンダ。
言わずとしれたオウム真理教の最高幹部の一人であり、今年の7月に死刑執行された13人のうちの一人である。そうです。彼はもうこの世にはいない。

特筆すべきは彼の学歴である。
彼は京都の洛南高校という府内で有数の進学校に通っていた秀才であった。洛南高校といえば京大合格者も複数出すような偏差値70を超える難関校である。

しかし彼は洛南高校在校中の16歳でオウム真理教麻原彰晃と出会い、そこから勉学はそっちのけで修行に邁進する。退学して出家を希望するが、両親の反対にあい、その後学校推薦枠で日本文化大学というあまり聞き慣れない大学に進学するが一年で退学。そして出家後、犯罪に手を染め、死刑判決を受け、今に至るということになる。

つまり彼は無名の大学を中退したので、最終学歴は高卒なのである。

オウム真理教内は極端な学歴社会だ。麻原彰晃こそ盲学校出身だが、幹部連中はほとんどが、有名大学出身の秀才である。

村井秀夫=大阪大学大学院
遠藤誠一=京大医学部
上祐史浩=早稲田大学理工学部修士課程
林郁夫=慶應義塾大学医学部

上げればキリがないのだが、東大卒京大卒当たり前の超学歴社会。俗世から開放された宗教団体であるはずのオウム真理教は実際にはめちゃくちゃ世俗主義的で学歴主義。オウムで出世したいなら高学歴が第一条件なのだ。

そこで井上嘉浩に戻る。彼は高卒である。でも彼は本当は京大を狙える位の学力は持っていたし、洛南高校というレールに乗っていれば有名大学に入って、幹部へと近道ができたのである。しかし彼はそのレールを降りた。そこには出家を勧めていた麻原彰晃の意思も当然あった。

出家後オウムが世俗的で超学歴重視社会だと気づいたときに井上嘉浩はどれだけ戸惑っただろうかと私は想像したのである。

その後、井上嘉浩は信者の勧誘で圧倒的な成果を出すここになる。導きの天才と呼ばれ、彼が勧誘した信者は千人近いと言われている。

私は彼の高卒という学歴と、オウムの学歴社会と、千人を超える信者獲得を一本の線として捉え、

井上嘉浩を、彼特有の学歴コンプレックスをバネに信者獲得で圧倒的なパフォーマンスを出し、成り上がっていくが最終的に落とし穴が待っていて最後はそこに落ちていく。

私はこんな感じで考えていた。それだけでドラマチックだし、すごい激動の人生だと思った。 

そして麻原彰晃の裁判が始まり、麻原彰晃は法廷で奇行を繰り返すようになるが、そのきっかけを作ったのもまた、井上嘉浩なのである。

だからこそ彼の人生をもっと知りたい。彼の苦悩をもっと知りたいと思っていた。

しかし、結論から言うと私の浅はかな井上嘉浩像はこの本を読み終わった時に一瞬で崩れ去っていった。

彼はもっともっと遥かに純粋であり、練度の高い人間であり、求道者、修行者であり誰よりも宗教家であった。

詳しくは門田氏の本を読んで欲しい。

想像を遥かに超えた井上嘉浩の人間像に私は魂を揺さぶられた。涙無しでは読んでいられなかった。

もちろん彼はオウムの幹部であり、死刑囚。被害者や被害者遺族の心情を考えると、加害者の肩を持つような事を言うべきでないという考えも理解できるのだけど、

私はとにかく井上嘉浩の人生に魂を揺さぶられたのである。ただそれだけのこと。

最後に司法や警察のあり方に私なりに言及したい。

門田氏ははっきりとは書いていないが、目黒公証役場の刈谷さんの事件がいかに警察や司法にとってアンタッチャブルであり、パンドラの箱であったのかということを感じた。

刈谷さんの事件はこう呼ばれている目黒公証役場事務長拉致監禁致死事件である。致死事件???

殺人ではなく、致死。

刈谷さんの事件は間違いなく殺人事件だろう。

しかし殺人であっては国が困るのだ。
刈谷さんの事件は地下鉄サリン事件の1ヶ月前。仮に刈谷さんの事件の時点で警察が大規模に動いていたら地下鉄サリン事件は起きてないかもしれないのである。(もちろん警察は松本サリン事件の事も刈谷さんの拉致の事もオウムが関与していることを知っていた。)

警察は殺人をみすみす放置したという事実と向き合いたくないのだろう。だから刈谷さんは致死なのだ。事故死なのだ。

そしてその刈谷さんの事件が井上嘉浩の死刑判決の根拠の大きなを部分をしめている。

国や司法が自らの保身の為に、事実を曲げて井上嘉浩の再審請求を握りつぶすが如くに死刑執行をすることなど絶対に許されるべきではないし、法治国家としてあってはならない。私自身は死刑存続を望む死刑肯定論者であるが、今回の死刑執行は許されるものではないと思った。

井上嘉浩の生き様に魂を揺さぶられるとともに、国家に対して強い憤りを感じる大作でした。

私は強くオススメします。

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