見出し画像

【 エッセイ 】 年に1度のMen'sデー

映画や買い物、レジャーなどで女性限定で特定の日に割引等のサービスをするレディースデー。

もちろん商売的な意味で店や施設側に合理的なメリットがあるからなのだろうが、男性側からするとやっぱり少しうらやましい。

「レディースデーはよく聞くけど『メンズデー』はないの ? 」
こんな内容でネット検索をしてみると「ほとんどない」という答えが多く返ってくる。

と、ここで僕は異議を唱えてみたい。

「Men'sデーはある ! 」

世の男性諸君、悲しむことなかれ。
僕は見つけたぞ ! 笑

~~~

幼い頃、僕は兄と仲がよかった。
よく一緒にゲームをしたりテレビを観たり、けんかもよくした。
少ないお小遣いの中、欲しい物はほとんど買える環境ではなかったが、兄弟で楽しく暮らすには充分な生活だった。

ある時、その兄がこんなことを言い出した。
「虎吉、明日は何の日か知ってるか ? 」
「お母さんの誕生日やろ。おめでとうって言ったらなあかんな。」
「おめでとうもそうやけどさ、今年は何か喜ぶようなものをあげへんか ? 」

無理な提案に僕は首を横に振った。
そしてもっともなことを言った。
「お金ないやん。」

「だから2人で出し合うんやんか。そうや、花とかどうや ? ちょっとくらい買えそうやないか ? 」
「花ってなんぼくらいする ? いくら出したらいいん ? 」

兄は「100円でええわ」と言った。「あと200円はこっちで出すから合わせて300円や ! 」
そんな駄菓子屋に行くような感覚で花って買えるものなんだろうか。僕には分からなかったが1つ言えるのはそれが出せる金額の限界だった。

翌早朝、僕は兄に起こされた。
そうだ、のんびりいつもの感覚で寝ている場合ではなかった。今日は花を買いに行く日だ。

すぐに両親が寝静まった家をこっそり出て、兄弟で唯一知っている商店街の花屋さんまで片道1時間かけて歩いていく。迷いながら進んだので随分と遠く感じた。もう足が限界になるくらいまで歩いたところで花屋さんに着いた。

「よかった、開いている ! 」
兄と笑顔を交わし、店内に入った。

店内には色鮮やかな花々が所狭しと並んでいる。
「あら、おはよう。いらっしゃい。あんたたち2人で来たの ? 」と優しそうな店主らしきおばさんが笑顔で声をかけてきた。

「うん···、お母さんの誕生日だから」と答える兄の顔が何やら浮かない。理由は子どもでも分かる。「お兄ちゃん、買えそうにないな。帰ろう。」
兄は動かない。その顔を見ると涙をこらえながら少し震えている。

「君たちどうしたの ? お母さんのためにお花を買いに来てくれたんじゃないの ? 」膝を曲げ僕たちと同じ目線で聞いてくれるおばさんに何て言っていいか分からない。

入口で兄弟2人で何も言えず突っ立っていると、ふとおばさんが何かに気づいたような様子を見せた後、店の奥からハサミを持ってきた。

「黙ってたら分からへんやん。お母さんの好きな花はどれ ? どんな色が似合いそうかなぁ ? 」
おばさんは次々と色んな花を取り出してきてはそれを何本も組み合わせ、「どんなんがいいかなぁ」と聞いてくる。

ついに兄が申し訳なさそうに答えた。
「僕たちお金がなくて。ごめんなさい。」
「いくら持ってきてくれたん ? 」
「···300円だけ」
顔を赤らめて答える兄の目をじっと見たおばさんはこう答えた。

「それだけあれば充分や ! おばちゃんがとびきり綺麗な花を選んであげる。腕の見せどころやで ! 」

おばさんの手つきは早かった。迷うことなく1つ1つの花の中で一番いいものを選び組み合わせ、とても300円でできそうもないような立派な花束を作ってくれた。僕たちはびっくりした。

「ほんまに300円でいいん ? 」
「もちろん、大サービスやで ! ちゃんとお母さん喜ばせたってや。」
「おばちゃん、ありがとう ! 」

店を出て兄と喜びあった。
「買えた ! 」さあ、後は帰るだけだ。行きと違い足取りは軽かった。

持っていた鍵で家の鍵を静かに開けると、心配そうな顔をした母が飛び出してきた。考えてみれば朝起きて子どもが2人ともいなければびっくりもするだろう。

「こんな早うからどこ行ってたん」
「ちょっと商店街の方に」
「商店街···?」
「うん、これ誕生日。」

後ろ手に隠していた花束を渡すと母は一瞬呆気に取られた後、涙を流した。
「お母さんのために2人で買ってきてくれたん ? これは一生の宝物やわ。ありがとう」と言って花束と僕たちをきつく抱きしめた。

サプライズは大成功に終わった。
その後、母にこれまでの経緯を話すと、「そらこんな小さな男の子たちが買いに来たらお母さんでもサービスするわ。男の子やったらよけにそうしたくなるやないの」と言って笑って話してくれた。

「男の人ってなかなか女の人に花をあげるんが恥ずかしい人が多くてな、そんな中で花屋さんに男の人が花を買いに来たらつい店員さんもサービスしたくなるんちゃうかなと思うで。男の子やったらなおさらやわな(笑)」

「何で恥ずかしいの ? 」
「何でなんやろうなぁ。男の人は照れ屋さんが多いんかな。だから男の人が来たら店員さんもうれしい気持ちになって張り切るんかなぁ。大人で言うMen'sデーみたいなもんやな ! 」

Men'sデーとやらが何のことか当時は分からなかったが、その日の母の喜びようが尋常ではなかったことは今でもよく覚えている。
人生の思い出の1写真である。

~~~

「Men'sデー」は確かにあった。
制度的なものではなく、人の心の底から生まれてくる心意気だ。それはレディースデーのようにどこかに大々的に書いているわけではなく、誰かの心の中に絶えず隠されて用意されている。

単に「行く」のではなく「探しに行く」。
そんなところにMen'sデーならではの面白さと感動はあるのかもしれない。




最後まで読んでいただきありがとうございます。コメントをいただけると非常にうれしいです。




この記事が参加している募集

買ってよかったもの

サポートいただけるとうれしいです。