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離婚しても死なないように、投資信託を買う

 「職業はライターです」と言うと、相手の顔色が変わることが多い。相手が金持ちのハイスペ女性だと顕著だ。有名私立女子中学から一流大学を出て、外資系企業でバリバリ働いているくせに、なぜか立ち振る舞いはトラック運転手のような女性。そんな人種には言う前から分かる。今まで同じ部屋で和やかに話していたのに、職業を知った途端に、さっとカーテンを引いて奥の部屋に引っ込んでしまう。

 この反応は無理もない。「どうせ金持ってないんだろ?今、稼いでいたとしても、続かないだろ?」と、察しのいい人は分かるからだ。そんなこと、ライター本人が一番よくわかっている。私が東京で何とか生活をしているのは、夫が働いているからだ。夫がもし「俺、今日からプロゲーマー目指すわ」とか言い出して名誉ある無職になり、「共同配信者の女の子を選ぶわ」とか、どう考えても詐欺案件にそそのかされて離婚に至ったら、確実に東京では暮らしていけない。港区おじさんを捕まえられるほど、私はもう若くない、30歳を過ぎると、女は爆撃を受けた都市のようになる。

 もし離婚したら、まず故郷の名古屋に帰り、両親に頭を下げて、実家に住ませてもらうだろう。日中は家事手伝いをして、週末に400円の銭湯に入り、イトーヨーカドーのフードコートで昼食を食べることをささやかな楽しみにして生きていく……書いてみて思ったが、この方が幸せなのかもしれない。まあ、名古屋でのこどおば(子供部屋おばさん)生活も悪くないが、30歳前半でそんな生活はごめんだ。それは軽い『死』を意味するからだ。

 欲望が内に向かい、外に向かわなくなっていた時、急激に成長は止まる。最近は「ありのままで良い。好きなことして生きていく」みたいなダサい風潮になってるけど、結局は「頑張らないことを、頑張る」という変なレースになっている。「自分、少し頑張ったな」と思えること、それが人生の充実なのに。

 もし止まり続けていいなら、それこそ生活保護をもらって、家で引きこもって過ごせばいい。でも、誰もがそうしないのは、みんな少しだけ欲望が外に向いているからだ。欲望とは収入が上がったとか(どうせ税金で抜かれる)、誰かにモテたとか(性欲の対象とされることと、愛されていることを取り違えている)、いいね!をもらえたとか(本当にバカバカしい)、それだけじゃない。面白い本に出会ったとか、良いサウナを見つけたとか、高校時代の友人と久しぶりに話したとか、その程度でいい。

 欲望を外に少しだけ向けるためには、今の暮らしにそれなりに満足している必要がある。あなたの今の暮らしが、「誰か」のおかげで成り立っている可能性は、実はかなり高い。

 でも、人はいつ変わるかわからない。何歳からでもバカなことを始める。世の中にはそんなバカなことを推奨する情報で溢れかえっている。今の暮らしを成り立たせてくれている「誰か」が、いつ「小説家になりたい」と言い出して、毒にも薬にもならない話をWeb小説投稿サイトに投稿することに人生を費やしてしまう可能性は、ゼロではないのだ。その時のために、備えておく必要がある。

 だから私は、投資信託を買い続けている。銘柄はオルカンやS&P500など、みんなが持ってるようなものばかり。株式投資ではない。私は私の勘を、全く当てにしていないからだ。10年前に投資を始めた時、「日本株は上がらないだろ」と思って、日本株のインデックスは一切買わなかった。今や、日経平均は最高値を更新している。つまり私は判断を大幅に間違えたことになる。こういうセンスの皆無な人間は、株式投資に手を出してはいけない。そう痛感して、投資信託を買い続けている。株式投資に比べて利益は微々たるものだが、本当に買って良かったと思う。少なくとも『死』にはしない。

 投資信託を買うと、もう1ついいことがある。もし相手が、ゴミ箱から拾ってきたボロボロのセーターを見るような目をしてきたら、「ところで、NISAやってますか?」と聞いてみよう。「いや、やってないけど……」という反応が返ってきて、ちょっと勝った気になる。バリバリ働いてる人は忙しくて投資なんてやってないからだ。投資信託を「買ったわけ」は、相手に「勝ったわけ」にもなる。

 だから、職業カーストであまりおいしい思いをしていない人こそ、ぜひ投資信託を買ってみると良い。ゴミ収集車から出てきたばかり人間に向けた瞳に、カウンターを食らわせることができる。もし相手が「やってますよ。もう、資産が1億超ちゃってね……」なんて言い出したら、その時はこちらからカーテンを引いて撤退しましょう。

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