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まゆげ姫とピンクのオーボエ/童話

むかしある森の奥に小さなお城があり、そこにはまゆげ姫と呼ばれる、太くて濃いまゆげがとてもチャーミングな、かわいらしいお姫さまが暮らしていました。まゆげ姫は優しい王さまとお妃さま、そしてウサギやリス、鳥やクマやオオカミといったたくさんの森の仲間たちに囲まれて、毎日楽しく暮らしていました。

まゆげ姫には大切にしている楽器がありました。それは三歳の誕生日に王さまに買ってもらったオーボエでした。ピンク色に輝くオーボエに、まゆげ姫はすぐに夢中になりました。まゆげ姫は晴れの日も雨の日も、雪が降った日だって一日も欠かさずオーボエを練習しました。そのかいもあり、まゆげ姫のオーボエの演奏はどんどん上達しました。十歳になる頃には、まゆげ姫がオーボエの演奏をはじめると、お城のなかの人々は皆立ち止まり耳をすまし、森の動物たちはお城の周りに集まって、まゆげ姫の演奏を楽しみました。

まゆげ姫はピンクのオーボエが大好きでした。ピンクのオーボエもまゆげ姫のことがとても好きでした。まゆげ姫とピンクのオーボエは仲のよい友だちのように、二人で毎日素敵な音楽を森いっぱいに奏でました。

ある日のことです。どうもピンクのオーボエの調子があまりよくありません。思うような音が鳴らないのです。まゆげ姫が不思議に思っているとピンクのオーボエは言いました。
「どうやら風邪を引いたようです。まゆげ姫、少し暇をいただくことはできますか?」
「オーボエが風邪をひくなんて!?」まゆげ姫は驚きました。
「王さまに言ってすぐにお医者さまを呼びましょう」
「ありがとうございます、まゆげ姫。ですが、心配にはおよびません。オーボエの国にはオーボエのお医者さまがいるのです」そう言うと、ピンクのオーボエは身支度をはじめました。

「まゆげ姫、わたしはひと月でお城へ戻るでしょう。どうかそれまで、わたしのことを忘れないでくださいね」ピンクのオーボエがそう言うと、まゆげ姫は笑って応えました。
「わたしがあなたのことを忘れるわけがないじゃない。心配いらないわ。ゆっくり体を休めて風邪を治していらっしゃい。また毎日一緒に演奏しましょう」
「それを聞いて安心しました。まゆげ姫、それでは少しの間お元気で」そう言うとピンクのオーボエは森の中へと消えて行きました。

まゆげ姫がピンクのオーボエを見たのはそれが最後でした。

まゆげ姫はまだ若く好奇心もおうせいでしたので、三日もするとピンクのオーボエのことはすっかり忘れてしまい、森の動物たちと遊んだり、かわいい洋服に身をつつんだり、他のことに夢中になってしまったのです。

ひと月後、ピンクのオーボエはお城の近くまで戻ってきました。そして遠くからまゆげ姫を見ると、お城へは行かず、そのままオーボエの国へと引き返しました。オーボエにとって一番の幸せは、大好きなパートナーと素敵な音楽を奏でることです。反対に一番悲しいのは、大好きなパートナーに忘れられてしまうことでした。ピンクのオーボエは、まゆげ姫の元を自ら去ることを選びました。

ピンクのオーボエのことをすっかり忘れたまゆげ姫は、年頃になると遠い国の素敵な王子さまと結婚し、王子さまの国で末長く幸せに暮らしました。



時は過ぎて、まゆげ姫は九十歳になりました。まゆげは細く、薄くなりましたし、王子さまはとうの昔にこの世を去っていました。そしてまゆげ姫もついにこの世を去るときがきました。まゆげ姫は生まれ育った自分のお城での最後を望みました。

それは風の心地よい、とてもよく晴れた日でした。まゆげ姫は今日が最後の日だと自分で分かっていました。もう自分では起き上がることもできません。まゆげ姫はお付きの者に窓を開けさせ、心地よい風を体に感じました。すると風に乗ってどこからかとても素敵な音楽が聞こえてきました。おぼろげな意識のなかで、まゆげ姫はどこか懐かしい、聴き覚えのあるその音色に耳を傾けました。まゆげ姫は思い出しました。かつて毎日一緒に過ごしたピンクのオーボエのことを。その音色、形、感触。そして自分がピンクのオーボエを今まで忘れていたことを。まゆげ姫の目から涙がこぼれました。

「まゆげ姫、さあ、素敵な音楽を奏でましょう」

ピンクのオーボエはもうピカピカに輝いてはいませんでしたが、森の片隅から、いつまでもその音色を森中に響かせました。

ピンクのオーボエの音色を聴きながら、まゆげ姫は静かにその目を閉じました。

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