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セミヨン/童話

これは、ぼくが小学生の頃の話だ。

ぼくにはセミヨンという、ちょっと変わった名前の友だちがいた。

ある日の休み時間、ぼくがトイレに行こうと席を立つと、セミヨンがついてきた。それまであまり話をすることはなかったので、ぼくは少しびっくりした。セミヨンは目が大きく、あいきょうのある顔をしていた。本を読んだり、よくわからない絵を描いたり、いつもひとりで静かに過ごしていることが多いので、クラスの誰かと話しているところもあまり見たことがなかった。

ぼくとセミヨンは並んでおしっこをした。おしっこをしているとき、セミヨンがちらちらとこっちを見るので
「なに?」とぼくが言うと
「つれしょんだね」とセミヨンは笑った。
ぼくが不思議そうな顔をすると
「ぼくと友だちになってよ」とセミヨンは言った。こうしてぼくとセミヨンは友だちになった。

セミヨン、というのはもちろんあだ名だ。ほんとうは別の名前がちゃんとあるのだけど、むずかしい漢字をたくさん使う名前で、クラスの誰も、先生でさえもきちんと読むことができなかった。だからぼくにとってセミヨンはセミヨンだ。ほんとうの名前はもう忘れてしまった。

ぼくとセミヨンはいつも一緒にいた。ぼくたちは隣同士の席で授業を受け、休み時間にはつれしょんをした。そして、天気がよければお昼ご飯を屋上で一緒に食べた。セミヨンのお弁当にはきゅうりとトマトが入っていて、セミヨンはいつもぼくにそれをくれた。とびきりおいしいきゅうりとトマトだった。お返しにお母さん特製の卵焼きをあげると、セミヨンは大きな目をさらに開いて「おいしい、おいしい」と言った。

学校が終わってからも僕たちは一緒に遊んだ。村には大きな川が流れていて、ぼくたちはそこの中州に二人だけの秘密基地を作った。中州は周囲を背の高い草木で囲まれていて、真ん中にぽっかりと小さな空き地があった。お父さんからもらった古いテントを空き地に張ると、ぼくはめんこと王冠のコレクションを、セミヨンはたくさんの本と絵を描くための道具を、お互いに持ちよった。

ある日の放課後、ぼくたちはいつものように秘密基地でたっぷりと遊び、帰ろうとテントから出ると、川の水が増えて、ぼくたちは中州に取り残されてしまった。テントの中で遊ぶのに夢中で、増水の警報を聞き逃していたのだ。

水はどんどんと増えてくる。ぼくたちはできる限り大きな声を出して助けを求めた。周辺の人たちが気がついて村の消防団を連れてきてくれた。けれども、川の流れはあまりにも早く、誰も何もできなかった。

時間が経つにつれ、水はさらに増え、ぼくたちは一番背の高い木に登って助けを待った。ぼくたちの宝物を入れたテントは、もうとっくに流されてしまっていた。

日が暮れてきた。さらにわるいことに、雨が降り出してきた。ぼくはずっとがまんしていたけど、すぐにでも泣き叫びたい気分だった。するとセミヨンが言った。
「ねえ、ぼくたちずっと友だちだよね」
ぼくは怖くて、ただただ、木にしがみついているだけだった。
「ぼくと友だちになってくれてありがとう。ぼくの背中にしっかりとつかまって」そう言うとセミヨンはぼくを背負って川へと飛び込んだ。

ざぶん。

セミヨンは泳いだ。激流に負けじと力強く、前へ前へと水をかき分けた。ぼくは川の水を何度か飲みながらも、夢中でセミヨンの背中にしがみついていた。ぼくを背負ったセミヨンが川を泳ぎきると、土手にいた人々から歓声と拍手がわきおこった。ぼくたちは助かったのだ。

そのときだった。今度は驚きとも、悲鳴ともとれるような声があがった。
「河童だ」
「河童の子供だ」
「河童が出たぞ」

村には、河童はとても恐ろしいものだという、古い言い伝えがあった。

セミヨンはぼくを背中からやさしく降ろすと、何も言わずにもう一度川へと飛び込んだ。

セミヨンはすぐに見えなくなった。

ぼくはびしょ濡れのまま、雨の降る川をずっと見ていた。

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