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【美しい瞬間】

「美しい」
抱いた感情が思いもよらず、言葉となって、口を出た。感嘆とはこの様な感情を指すのだろうか。
コテージのテラスから眺める夜景は格別だ。久々のアウトドア。田舎のキャンプ場では、野原が一帯に広がり、遠くには広葉樹が林立しているだけで他に視界を遮るものは何もない。生い茂る、緑と深緑で埋まっている。何もないということ、余白、空白というものはそれ自体が美しい。
しかし、そんな広大な大地の、はるか頭上にある星空はさらに、さらに美しい。
そんな私の思いとは裏腹に、「美しい」という言葉はでなかった。言葉では表現できないということなのだろうか。
命を燃やし、そのひとつひとつが宝石の様に輝く星々が美しい。
ところどころ青く、そしてところどころ黒く立ち込める夜空のカーテンも上に同じで美しい。
そして、そんな夜空を細切れに流れていく雲もまた然りで美しいのだ。
私の感動を呼ぶ、夜空のキャストたち。あるものは煌めき、あるものは静かに、あるものはあるがままに。みんなちがってみんないい。小鳥も鈴もいないけど、そんな言葉がふと心に浮かんだ。
心地よさのあまり、飛び跳ねてしまいそうになり、あたりを見回した。あの人はまだお風呂から上がっていない。ひと安心。童心に帰っているのかもしれない。
だけど本当こんなにはしゃいだのはいつぶりだろうか?初めて両親にランドセルを買ってもらった時だろうか?それとも気になっていた彼に人生初めてのデートを誘われた時だろうか?絶対に受からないと言われた、大学の合格が決まった瞬間だろうか?
わからない。でも今こうしてはしゃいでいるのを見れば、童心に帰っているという言葉はまさしく的確な言葉だと思った。
ただ、私は今この瞬間が一番幸せだ。
二十年以上連れ添った旦那とこうして、素敵なコテージで過ごしているのだから。
三人兄妹の下の子も就職が決まり、もうすぐ家を出る。子供の手がもう離れるのだ。もちろん寂しい、すごく寂しい。しかし同時に楽しみでもある。
またあの人と二人になれる。色々話したい。これからの時間をどう過ごそうかとか。
だけどまあ、そんな未来の話は、今はいいか。
さあ、もうすぐあの人が来る。共有したい、この美しい空間を。そしてこの美しい、今という瞬間を。

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