見出し画像

【RAIN⑤〜立ち込める闇・溢れる疑問府〜】

中に入ると、ひたすら暗闇が立ち込めている
備え付けられているモニターにパッと白い静止画が映し出された。部屋のものを認識できる程度の明るさになり、辺りを見回す青年と少女。
部屋全体は先ほどのコンクリート打ちっ放しの部屋とは打って変わり、木造だ。歩くたびに木が軋む音がかすかに聞こえてくる。この屋敷もまた木造で、さっきの部屋はたまたま表面コンクリートで塗り固めただけなのであろう。そこにどんな意味があるのか、少し考えて見るも、青年にはわからなかった。・
部屋は相変わらず窓が無く、不気味な様相を帯びていた。中央にロッキンチェアが佇んでおり、人もいないのに揺れ、そのたびにきしきしと音を立てている。ここに入る前に彼女が先に触れたのかもしれない。奥には、縦横2メートルほどの大きな本棚とドレッサーが並んでいる。本棚は、一冊分だけ抜けている箇所こそあるが、ぎっしり厚みのある本で埋まっている。その内容も哲学や心理学、精神医学といった専門書と呼ばれる類のものばかりだ。持ち主はどういう人物なのだろう。本棚の上にはフランス人形、日本人形、シンバルを持った猿の置物が3体ほどいて、やはり何処と無く不気味な雰囲気を漂わせている。ドレッサーに視線を向けると3面鏡となっていて、そのどれもが割られていて、ほとんど自分達の姿を確認することはできそうにない。椅子、本棚、ドレッサーの他に物はないが、コンクリートの部屋よりは人がいた痕跡を感じられた。
視線を部屋から少女の方に向けると、まともに目があった。さっきは暗がりでよく見えていなかったけれど、大きな目に小さな顔、すっとした鼻筋をしている少女は文字通り、整った顔立ちをしている。また小柄な為に、年齢はおそらく中学生くらいに思えた。
少女が青年に向ける視線が、訝しげな、鋭いものに変わったのを感じ、慌てて目をそらす。大学生然とした青年と中学生然とした少女、兄妹にも思えるが、他人であれば一緒にいるだけで怪しまれる関係だ。ましてやまじまじ見つめるなんて許されたものでは無い。
「君はどうしてここにいるの?」
気まずい空気を払拭するように唐突に切り出す青年。しかし、尋ねた内容は実際彼が気になっていたところでもあった。少し考えるようにうつむく少女。
「母を追ってここへ来たんだ」
消え入る様な声で呟く。何かまずいことでも言ったのだろうか、一抹の後悔を覚える青年。しかし同時に、様々な考えが青年の頭をめぐる。疑問が疑問を産むとはこのことだろうか。なぜ母を追っていたのだろうか。しかしこれ以上聞き出していいのだろうか。ここに来るまでに想像を絶する嫌な出来事があっても不思議では無い。
「あなたは?」
あれこれと一人で考えている青年を、警戒するように目を細め問う少女。
「僕は誰かに歩いているところを襲われて、気づいたらこの屋敷に」
釈然としない様子の彼女。無理もない、青年にしたってなぜ自分がここにいるのかわかっていないのだ。
「じゃあここにくる前は?」
怪訝な表情で問い続ける。
「それもイマイチ覚えていないんだ」
少女の詰問に少し悄然とする青年。
しかし事実、彼は襲われる以前の記憶を失くしていた。襲われたときに、頭を強打でもして失われたのかもしれない。
バタンと部屋が外から閉められる。ほぼ同時にかちゃりと鍵が閉まる音も鳴る。二人が扉に視線を向け、何か言いかけようとしたところで、今度はすぐにモニターの静止画が切り替わり、映像が映った。
またしてもそこにいたのは、仮面をつけた人物だった。今度はカエルの仮面だ。
「ようこそ、さあ始めよう」
酒焼けで枯れた様な、ハスキーボイスが部屋中に響く。女性の声だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?