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次世代ミステリーの女王 カリン・スローター試し読み

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120カ国以上で刊行され、世界中の人を魅了するカリン・スローター。ハーパーコリンズ・ジャパンは彼女の魅力をつたえるべく、カリン・スローター作品の試し読みをマガジンにまとめました📖
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記事一覧

【試し読み】『ハンティング』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『ハンティング』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



   プロローグ

 結婚して四十年になるが、ジュディスは夫のすべてを知っているとはいえないような気がしている。四十年間、ヘンリーの食事を作り、シャツにアイロンをかけ、ベッドをともにしてきたが、いまだによくわからないところがある。だからこそ、ほとんど――いや、まったく不満に思わずに彼の世話をつづけられるのかもしれない。いろいろな面があるから、四十年も一緒にいてもなお飽きないのだろう。
 ジュデ

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【試し読み】『サイレント』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『サイレント』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



   プロローグ

 休みのあいだどこかに行きたいとアリソン・スプーナーは思ったが、行くあてはなかった。町に残る理由もないが、少なくともここにいれば金はほとんどかからない。少なくとも、雨をしのげる屋根がある。少なくとも、ぼろアパートのヒーターは時々稼働する。少なくとも、仕事場で温かい食事にありつける。少なくとも、少なくとも、少なくとも……どうしてわたしの人生はいつもぎりぎりのところにあるんだろ

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【試し読み】『血のペナルティ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『血のペナルティ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



土曜日

   1

 フェイス・ミッチェルは、ミニの助手席にバッグの中身をぶちまけ、食べ物を捜した。細かな糸屑(いとくず)にまみれたガム一枚と、いつ紛れこんだのかわからないピーナッツ一粒のほかに、口に入れられそうなものはなかった。キッチンの戸棚に栄養補助バーが一箱あるのを思い出したとたん、胃袋から錆さびついた蝶番(ちょうつがい)のきしむような音がした。
 午前中に受けたコンピューター研修は三

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【試し読み】『罪人のカルマ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『罪人のカルマ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



 一九七四年八月十五日

 ルーシー・ベネット

 シナモンブラウンのオールズモビル・カトラスがエッジウッド・アベニューをのろのろと進んでいた。運転席の男は窓を開け、覆いかぶさるようにしてハンドルを握っている。道路標識の下にたたずむ娘たちを眺める細く小さな目が、ダッシュボードの明かりに浮かびあがった。ジェーン。メアリー。リディア。車が停まった。男は案の定、キティに向かって顎をしゃくった。キティ

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【試し読み】『ブラック&ホワイト』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『ブラック&ホワイト』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



 水曜日
 ジョージア州メイコン

 レナ・アダムズ刑事は、Tシャツを脱ぎながら顔をしかめた。ポケットから警官バッジと懐中電灯、グロックの予備のクリップを出し、すべてチェストに置いた。携帯電話に表示された時刻は午前零時近い。レナはいま、十八時間前に出たベッドに倒れこんで眠ることしか考えていなかった。このところ、ろくにベッドで寝ていない。四日間、目が覚めている時間はほぼ会議室のテーブルの前に座り

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【試し読み】『贖いのリミット』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『贖いのリミット』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



彼女は初めて、自分の娘をその手で抱いていた。
 遠い昔、“赤ちゃんを抱っこする?”と病院で看護師に訊(き)かれたときは首を横に振った。娘に名前をつけることは拒否した。娘を手放すための法的書類に署名はしなかった。安全策を取ってきた。いつもそうしてきたから。病院を抜け出すとき、ジーンズをぐいと引っ張りあげたことを思い出した。ジーンズは、破水したせいでまだ濡(ぬ)れていた。きつかったウェストがぶかぶ

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【試し読み】『破滅のループ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『破滅のループ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



 ミシェル・スピヴィーは半狂乱でスーパーマーケットの奥を走りながら、通路の一本一本に目を走らせた。頭のなかはパニック状態で、とりとめのない考えがぐるぐると渦を巻いていた。どうしてあの子を見失ってしまったのわたしはひどい母親だあの子は小児性犯罪者(ペドファイル)か人買いにさらわれてしまった警備員に知らせるべきか警察に通報するべきかそれとも──。

 アシュリー。

 急に足を止めたので、靴底が床

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【試し読み】『スクリーム』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『スクリーム』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)



スクリーム
カリン・スローター[著]
鈴木美朋[訳]

プロローグ 

ベッキー・カタリノは、寮の共用冷蔵庫のなかを薄暗い奥のほうまで覗きこんだ。苛立ちながら食べ物のラベルに目を走らせ、自分が書いたイニシャルを探した──カッテージチーズでも、クラッカーとハムとチーズのランチャブルでも、冷凍ピザのベーグル・バイツでもヴィーガン・ソーセージでも、この際、人参スティックでもなんでもいい。
 KPはカ

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【試し読み】『暗闇のサラ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

【試し読み】『暗闇のサラ』(カリン・スローター/ 〈ウィル・トレント〉シリーズ)

暗闇のサラ
カリン・スローター[著]
鈴木美朋[訳]プロローグ

 サラ・リントンはスマートフォンを耳に押し当て、患者の右腕の長く深い切り傷を診察する一年目の研修医(インターン)を見守っていた。新人ドクター、エルディン・フランクリンの今日の調子は、絶好調とは言いがたかった。救急外来のシフトに入ってまだ二時間しかたっていないのに、すでにドラッグで興奮した総合格闘技の選手に殺されかけ、住所不定の女性患

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【試し読み】『開かれた瞳孔』(カリン・スローター/ 〈グラント郡〉シリーズ)

【試し読み】『開かれた瞳孔』(カリン・スローター/ 〈グラント郡〉シリーズ)



 サラ・リントンは、椅子の背にもたれかかり、電話口で「ええ、ママ」と低い声でつぶやいていた。母の小言をちょうだいするにはもう歳を取りすぎているというときがいつか来るのだろうか、と考えた。
「ええ、ママ」サラはもう一度言い、ペンでこつこつとデスクを打った。顔が赤く染まり、耐えがたいほどのきまり悪さがこみ上げた。
 オフィスのドアに軽いノックの音がして、ためらいがちに「ドクター・リントン?」と呼び

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【試し読み】『ざわめく傷痕』(カリン・スローター/ 〈グラント郡〉シリーズ)

【試し読み】『ざわめく傷痕』(カリン・スローター/ 〈グラント郡〉シリーズ)

土曜日1「ダンシング・クイーン」サラ・リントンはスケートリンクをまわりながら、その歌を口ずさんだ。「ヤング・アンド・スイート、オンリー・セブンティーン」
 左側からウィールをこする激しい音がして、突進してきた幼い子供をかろうじて抱き止めた。
「ジャスティン?」七歳の少年に見覚えがあった。インラインスケートのシューズを履いた足首がぐらぐらしていたので、シャツの背中をつかんで支えてやった。
「こんにち

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【試し読み】『凍てついた痣』(カリン・スローター/ 〈グラント郡〉シリーズ)

【試し読み】『凍てついた痣』(カリン・スローター/ 〈グラント郡〉シリーズ)

凍てついた痣
カリン・スローター
田辺千幸 訳

1

 サラ・リントンは、妊娠中の妹がチョコレートをかけたアイスクリームのカップを両手にひとつずつ持ち、〈デイリー・クイーン〉から出てくるのを眺めていた。風が吹いてきて、駐車場を歩いているテッサの紫色のワンピースを膝の上までめくる。テッサは、アイスクリームをこぼすことなくスカートを押さえようと悪戦苦闘していて、彼女が車に近づいてくるにつれ、悪態をつ

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【試し読み】『彼女のかけら』(カリン・スローター/ ノンシリーズ)

【試し読み】『彼女のかけら』(カリン・スローター/ ノンシリーズ)



 アンディは、中身が半分残ったコーヒーカップを見おろした。ひどく疲れた気がする。夜勤。いつまでたっても慣れることができず、昼間に途切れ途切れの仮眠をとってなんとかしのいでいる。そのため、日用品の買い物に行くひまがないので、実家の食品庫からトイレットペーパーやピーナツバターを黙って持ち出さなければならない。だから、ローラは今日、誕生日祝いのランチに行こうとしつこく誘ってきたのだろう。朝食だったら

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【試し読み】『忘れられた少女 上・下』カリン・スローター〈著〉

【試し読み】『忘れられた少女 上・下』カリン・スローター〈著〉

『忘れられた少女 上・下』
カリン・スローター [著]
田辺千幸 [訳]一九八二年四月十七日

 エミリー・ヴォーンは鏡に向かって顔をしかめた。ドレスは店で見たとおりに美しい。問題は自分の体だ。エミリーはその場でくるりと回り、さらにもう一度回って、岸に打ちあげられた死にかけの鯨のように見えない角度を探した。

 部屋の隅から祖母の声がした。「ローズ、あなたはクッキーを食べないようにしないと」

 

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