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ガジュマルと春の曲

2年前の夏、ガジュマルの鉢植えを購入した。重く暗い気持ちになる出来事が遠くで起きてしまった日だった。その重たい印象のまま一日が終わっていくのが嫌で、何か少しでも気分の上がることをしようと思い、用事を済ませた帰りにたまに立ち寄る雑貨屋さんをのぞいた。

店先のテーブルの上に並んだ観葉植物の中に、そのガジュマルはいた。一目見ていいなと思った。幹の形も葉の付き方も、優しいアースカラーの陶器の鉢も、全てがいい感じに私の好みにぴったりはまっていたのだ。そのお店に観葉植物が置いてあるのは珍しいことだった。

随分前にある短編小説を読んで以来、ガジュマルは密かに好意的に思っていた植物だった。いつか縁があれば育ててみたいな、という淡い憧れのような気持ちだ。いろんな場所で何度かガジュマルの鉢植えに遭遇する機会はあったけど、樹形の個体差がかなりあって1つ1つ印象が違い、直感的にピンとくるものがなく、いつも購入には至らなかった。

そんな感じで、まだ見ぬ理想のガジュマルとの出会いを待つともなく待っていた私の目の前に、その子が現れてくれたというわけだ。

ただ、観葉植物は以前枯らしてしまってから久しく育てていなかった。忘れかけていた罪悪感が頭をもたげ、手に取って眺めていたその鉢を一旦テーブルに戻して店内の雑貨を見て回る。でもやっぱり他の人にあの子を連れていかれたら悲しいかも、と思って早々に鉢の前に戻った。

どうにか気分を上げたくて足を延ばした先で、すごくいいなと思えるガジュマルに巡り会えたのは幸運な縁だろうと思い、素直に家に連れて帰ることにした。レジで店員さんが丁寧に鉢を梱包してくれて、それも嬉しかった。

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つい最近、やっと葉水用の霧吹きを購入した。それまではキッチンペーパーをカットしてたっぷり水を吸わせて1枚1枚葉を拭くことで葉水の代わりにしていて、霧吹きがなくてもこれで十分だなと思っていた。多少時間はかかっても癒やされる好きな時間だったのだ。

それが先日、その霧吹きを偶然見かけて、コロンとしたフォルムもすっきりしたデザインもお値段もかわいかったので、あっさりと購入を決めた。一目で気に入った道具を使って葉水をしたら楽しいだろうなと思ったからだ。

霧吹きでガジュマルにシュッと水を吹きかけるのは、思った以上に気持ちがいいものだった。細かい水の粒子が空中を舞って、それだけで自分まで清められたような気分になる。水滴をまとった濃い緑をしばらく眺めて、爽やかなもので心を満たす。

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冬はあまり水をやりすぎない、夏はたっぷり水をやる、直射日光は避けて日当たりと風通しのいい場所に置く。それくらいしか気をつけていないけど、ガジュマルはすくすくと元気に育ってくれている。

たまに仕事が忙しいと、そんな基本的なお世話すら手が回らず、葉っぱが少し元気をなくしてしまうこともあった。だけど水と風と日光と、たったそれだけのことをきちんと与えてあげるだけで、緑色の葉はすぐ見違えるように元気になる。そんなガジュマルの姿を見ながら、自分の体ももう少し丁寧に気にかけてあげようという気持ちになったりもする。

何はなくとも、すっきりした心と健やかな体調だけは日々維持していきたいものだ。ちなみに購入時に一度調べてすっかり忘れていたけれど、ガジュマルの花言葉は「健康」と「たくさんの幸せ」らしい。

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そして、ガジュマルにとっての水と風と日光のように私の生活には音楽が欠かせないので、春めいてきた最近、特に好きな曲を3曲ほど紹介したい。

まず、先週リリースされたばかりの阿部芙蓉美さんのアルバム『Super Legend』から「オーガンジー」。日々の暮らしのテーマソングにしたいくらい素敵な曲で、肩肘を張らない気持ちのいい歌詞とメロディーにふわっと気分が上がる。

去年11年ぶりにワンマンライブを見に行くことができて、今年は11年ぶりのフルアルバムが出てライブも決まり、さらに2012年リリースの大好きなアルバム『沈黙の恋人』の初アナログ化まで決定した。嬉しいことが盛りだくさんで、ありがたいなぁと幸せを噛みしめている。


続いて関口シンゴさんの「Origami Song」。何かいいことが起きそうな予感のするイントロに、気持ちが明るくなるサウンド。関口さんはギタリストでそのギターの音色が最高に好きなのだけど、優しい歌声も最高なのです。初めて聴いた季節が春だったからか、やっぱり春が似合う曲だと思う。

先日、アルバム『tender』のリリースツアー名古屋公演を見に行き、この曲はアンコールで披露された。2020年、コロナ禍の外出自粛期間に原型が作られて画面越しの演奏に元気をもらっていた曲で、昨年12月に出たアルバムの音源はそれがさらに素敵にリアレンジされたもの。

こうして時が流れ、アルバムが出てツアーが始まって、遠い街のライブハウスで生の演奏を聴けて嬉しかった。幸せな楽しさに包まれていた時間で、思い出すとちょっと夢のような感じもする。来週の東京公演もすごく楽しみだ。


そして最後はハナレグミさん歌唱の「会いにいこう」。JR東海のCMテーマソングだ。素晴らしい編曲は関口さんと同じorigami PRODUCTIONS所属でOvallのドラマーでもあるmabanuaさん。こちらも春にぴったりな軽やかな気持ちになれる曲。久しぶりに新幹線に乗って遠出をする直前のリリースだったこともあり、いい歌詞だなあと聴き入ってしまった。

もう会いたくても会いにいけなくなってしまった人もいるから、身にしみて思うことがある。やっぱり生きているうちに会えたのなら、それだけでかけがえのないことだということ。もっと会いにいっていれば…と後悔せずにいられるのは、たぶん会った回数の多さはそこまで重要じゃなく、会える時にはちゃんと会いにいけていたからで、会えた時に残してもらったことがあるからだ。


ここまで書いて、前半で少し触れた短編小説を久しぶりに読んでみた。細部をすっかり忘れていたけど、じんわり沁みる言葉がたくさん詰まっていて、2年前に買ったガジュマルの話を今書きたくなったのはこの小説を読み返すためだったのでは、と思うくらい、今の自分と波長が合っていた。

だれかと密にいっしょにいられる時間はいつだってほんとうに短くて、星のまたたきのようだ。

よしもとばなな「なんくるない」

磨き抜かれた言葉による風景や心情の細やかな描写に癒やされるのは相変わらずで、やはり好きなものはずっと変わらないみたいだ。そして前に読んだ時よりも物語を深く感じ取れた気がして、時の流れと自分の変化を感じた。

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まだまだ寒い日もあるけど、だいぶ日も伸びて空の感じはすっかり春だ。季節の変わり目はいつも独特の空気の匂いがして、何だか少し切なくなる。そんな季節の移ろいを感じつつ、仕事も楽しみなこともやるせない気持ちなども抱えつつ、ちょっと落ち込んでいたので、何か前向きな言葉を綴りたくなってこれを書き始めたのだった。

やっぱり春はふわっと軽やかな気分で迎えたい。音楽や小説、身の回りに置くもの、身にまとうものの力を借りて、自分がちょっといい気分で過ごせたら、それが身近にいる人に伝わってささやかにでも世界に循環する。そんなイメージができるくらいには、気分が上を向いてきた。ガジュマルの葉も元気な時は少し上を向くのが分かりやすくて好きだ。今まさにいい感じに上を向いて伸びている。

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