見出し画像

自分の「正解」が他人の正解かはわからないよ?

どこにでもいる。それがいわゆる「困った人」。つまりクレーマーです。

どこにでもいますね。職場、学校、地域、趣味のサークル。
大抵の人は、たまに「ん?」ということがあっても、何も言わないか、相手のことも考えながら疑問を呈したりする。
大抵の人は、「いつもクレームを言っている」わけではない。

でも、どこにでもいるクレーマータイプの人は、結構いつでも周りに「不満」をかかえていて、すぐにクレームを言います。
本人にとっては「ただ疑問だからぶつけてるだけ」であり「正義の、みんなのためのご意見」「それが正解だと思うから」言ってるつもり。
だから、自分がクレーマーだと思われてるなんて思わない。
でも、本人が想定するより、かなーり周りはこのタイプの人に困ってます。
実はかなり嫌われている。
「この人にまわりの異なる意見をいっても聞いてくれないから」と、誰も何もいわず我慢するようになっていたりします。
大抵の人は、精神的にオトナなので、嫌いな人にキライなんていわず、ニコニコ話を聞きながら、そっと距離を取り始めます。
でもクレーマー本人は、距離をとられてると気づかないで、嫌われてるのもしらず、どんどん話しかけにいってしまう。仲よしだと思っているから。でもそれは幻想で、まわりがやさしさで話を合わせてあげてるだけ。

自分にとって「これが正しい」と思う正解は、他人から見ると「非常識」とか「信じられない考え」なことはあります。
自分にとっては、周りのためを思う意見でも、実はまわりからみたら「余計なことをする」と思われのぞまれていないことがあります。
なぜそんな事が起きるかというと、かわいそうなことに、そういうクレーマーさんは、「自分が見てきた世界が狭い」のです。
ここでいう「世界」とは、いろんな土地や組織のことだけではなく。つまりは「いろんな立場の人を見てきたか」「自分の生かせてもらってる世の中の見えない部分を知ろうとしてきたか」です。
それが足りないから、自分の知る世界の一部だけみて、クレームを言うことになる。

だから、「自分が考える正義」を振りかざしまわりに押し通すとき、すこし周りを見回してみたほうがいい。
本当にみんな、それをのぞんでる?
自分だけではない?
もし自分だけの意見なら、「みんなのため」という正義は横において、自分のために話し合えばいい。
しかしその時、自分のために何かを成してもらう時、他人を傷つけていないだろうか?
そこだけは気をつけておきたいところです。

さもなくば…友達だと思っていた誰も、自分の葬儀に来やしないことになります…

どこにでもいるそんな人。
私のコミュニティにもいました(笑)
反面教師にさせていただいています。
自分もそうならないよう、気をつけたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?