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眠れない夜に、眠れる森の美女の話をしようと思う。


眠れない夜というものはいつだって唐突に訪れる。
それもなぜか今日に限ってと、自分にとって限りなく都合の悪い形で。
「あぁ、眠れない。」そうやって、藁にすがる思いでスマホに明かりを灯しても、そこに私の中に渦巻く不安や、恐怖を打ち消す術はない。
あきらめて、部屋を真っ暗にして目を閉じる。
そんなときに思い出す、眠れる森の美女の親友の話をしようと思う。

彼女は、私が大学生時代を過ごした京都の街で出会った親友である。
背丈は私と同じくらいの小柄で、帰国子女だった彼女は、どこかのハーフかと間違える人も多いくらい、日本人離れした顔つきで、本当におとぎ話の森の世界から出てきたと言われても過言ではないくらい、可愛らしくて綺麗だった。

私は彼女と大学時代のほとんどと言っていい時間を過ごした。
学部こそ違ったので、同じ授業には出たことはなかったけれど、お互い一人暮らしで、サークルも同じで、昼や夜ご飯を一緒に食べたり、サークル終わりに遊びに行ったり、周りからは「また一緒にいるの?」とニコイチに思われることも多かった。

そんな彼女と過ごした時間の中できっと、たくさんの話をしたはずなのだけれど、その内容はほとんど覚えていなくて、その代わりにいつも思い出してしまうのは、彼女の幸せそうに眠る寝顔である。

彼女は、本当に、いつでも、どこでも、よく眠る人だった。
サークルのミーティングで、遊びに行った彼女の家で、遊びに来た私の家で、彼女は幸せそうに眠っていた。
一緒に行った水族館で魚を見ながら口を開けて眠っていたこともある。
別の友人いわく、一緒に海外旅行に行った旅先で訪れた世界遺産の上でも、眠気を我慢できずに眠っていたらしい。

そんな彼女の寝顔の中で、とても印象に残っている瞬間がある。
たしか、サークル終わりに2人でいつも行く定食屋さんでごはんを食べているときだった。

彼女は親子丼定食、私は唐揚げ定食を注文して、今日あったなんでもない話をしていた。
料理がきて、話を中断して、お腹ぺこぺこだった私たちは夢中で目の前のごはんを食べはじめる。
しばらく経って、ふと目の前の彼女の手元を見ると、スプーンが止まってるのが見えたので、比較的食が細い彼女がお腹いっぱいになったのかと思い、見上げると、彼女が目をつぶって、こくりこくりと揺れていた。
絶賛スプーンにごはんが乗った状態だったので驚いた。
食欲に睡眠欲がまさって食べながら寝てしまう赤ちゃんの動画は何度か見たことがあったけれど、まさか、学生とはいえ大人になってからその光景を見るとは思いもしなかった。
慌てて、「ねぇ、起きて!まだごはん残ってるよ!」と起こすと、「あぁ、寝ちゃってた。」そう言って眠そうな顔をしながら、ゆっくりと彼女は残りの定食を食べていた。

そんな彼女と一度、一人暮らしという自分に甘々な環境でたるんだお腹と身体を引き締めようと肉体改造に取り組んだことがある。
形から入るタイプの私たちは、互いに宣言文を書くことからはじめて、彼女は新しい靴を買って、朝の時間を有効活用しようと、ある日、朝6時半に、一緒に鴨川まで走りに行こうと彼女が私の家に迎えに来た。
彼女のチャイムで起きた私は、なかなか動かない身体を無理やりに起こして、準備して外に出た。
走るのにちょうどいい気温と晴れた空が浮かぶ平日の朝だった。

「いい天気だね。」

そう言って一緒に走りはじめて早10分。
すでに体力の限界だった。
もう走れないと判断した私たちは、一緒に鴨川まではとりあえず歩くことにした。
結局、ただ一緒に散歩してるだけじゃんという状況になってしまったけれど、おしゃべりしながら歩いているとあっという間に鴨川についた。どっと疲れが来て、川の横の芝生に座り込む。

「慣れないことするもんじゃないね。もうすごく疲れたよ。」

そんな風な言葉を互いに言い合ったのはうっすらと覚えているけれど、そのあとはよく覚えていない。気がついて目を開けると太陽の光が眩しかった。
ふと横を見ると、隣で彼女が気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てている。

私たちは眠っていた。
気づいたら通勤ラッシュの時間に重なっていたらしく、通りすがりの社会人たちが、平日の朝から大の字になって芝生の上で寝ている私たちを何事かと言った目で、橋の上から見下ろしていた。

気づいたけど眠たさに負けて、また私は目を閉じた。どれくらい時間が経ったのだろう。
2人とも目を覚ますとあたりは、すっかり通勤ラッシュの時間帯が終わっていて、お昼に近かった。
起きて2人ともお腹がぐうっと鳴ったので、帰り道、定食屋さんに寄って、しっかりとごはんを食べて帰った。
まるでダイエットという言葉は嘘のようにどこかに消えていた。

このときの眠りの瞬間を本当によく覚えている。そして、眠れない夜に私はいつもこのときの心地よい眠りと、彼女の寝顔を思い出して、心があったまって、そして眠りにつく。

親友と眠りの想い出をこれからも大切にしていきたい。











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