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コーヒーを淹れる時のこだわりと『かもめ食堂』

「コピルアック」というおまじないがある。

ドリップコーヒーを美味しく淹れるおまじないだ。豆をだいたい平らにならした後、中央を指で軽く押し、小さな窪みを作りながら「コピルアック」と唱える。

もう10年くらいは、このおまじないを欠かさないようにしている。

コーヒーにちょっと詳しい方であればご存知だろうが、「コピ・ルアク」という高級なコーヒー豆がある。コーヒーの果実を食べたジャコウネコの糞から、未消化のコーヒー豆を取り出し焙煎してつくられる。何やらジャコウネコの腸内で発酵され美味しくなるらしいが、そのメカニズムは僕にはよくわからない。

おまじないとしての「コピルアック」は、ただ由来として名前を借りているのだと思う。


このおまじないは、映画『かもめ食堂』の中で登場する。
主人公の女性が食堂を営んでいるのだが、その食堂がある場所で昔カフェを開いていた男が、自分の店があったところが今どうなっているのか気になり、食堂に立ち寄る。

なんとなく不機嫌な様子で、かといってお店や主人公に怒っているわけではない。
あのお客さんなんなんだろうと思っていると、「コーヒーの美味しい淹れ方を教えてやろうか」と話しかけてくる。「別にあんたのコーヒーがまずいってわけじゃないんだ。ただ、俺は昔ここでカフェをやっていたんだ」と。
細かい台詞回しは覚えていないのだが、嫌味っぽくなかったのは覚えている。

男は、まず主人公に自分でコーヒーを淹れさせる。当然ながら、いつもの味がする。

次は男の番だ。ドリッパーにコーヒー豆をざっざっといれる。整えた後、「コピルアック」とおまじないをかけながら指で軽く押し小さな窪みを作る。そして、お湯を注ぐ。

主人公が一口飲むと、「私が入れたものと全然違う!同じ豆なのに……」と驚く。


話がちょっと逸れるが、10年くらい前、映画『かもめ食堂』のロケ地に行ったことがある。ヘルシンキに行く予定があり、その時は映画をみていなかったのだがガイドブックに載っていたので、せっかくだからと立ち寄ってみた。

食堂のロケ地になったお店は、坂道をちょっと上がったところにあった。道幅の割に人通りは少なかった。

近くの建物にはちょっとしたサウナが入っていたらしく、さっぱりした顔の人がポツポツと出てきた。観光地になっている大聖堂やマーケットのあたりとはだいぶ雰囲気が違った。どちらかというと、ヘルシンキ市民の日常に近い空気だった気がする。


映画は帰国してからみた。

なぜおまじないでコーヒーの味が変わるのか。
もちろんだが、おまじないを唱えることで豆の種類が変わるわけではない。

このおまじないはコーヒー以外にも効果がある。
しかし、その時は唱える言葉を変える方がいいかもしれない。

美味しいコーヒーを淹れるための「秘密」はとてもシンプルで、おまじないの言葉とは実際には関係がない。おまじないは、マジシャンが鳩を出すときに観客の注意を反対の手に誘導しておくようなものだ。


コーヒーを淹れ、主人公が飲んだ後で男は言う。
「他人の淹れたコーヒーの方が美味いんだよ」

このおまじないは、コーヒーを淹れる人が飲む人にかけるものなのだ。

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