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「ここちよい近さがまちを変える」という本がもたらしてくれた、自身の暮らし方やまちの見つめ直し

2023年の5月から9月まで、Xデザイン学校が開催していた「ソーシャルイノベーション研究会」という集まりに参加していた。

この研究会では、エツィオ・マンズィーニという学者が書いた「Livable Proximity. Ideas for the City that Cares」という本の日本語訳に取り組むチームが中心となり、本に書かれている事項を紐解きながらディスカッションを行っていた。日本語版の本はこちら。

この本がテーマにしたのは、特に「近さ」「ケア」という社会システムの見つめ直しである。研究会では本の内容を踏まえて、この本はコロナ禍という行動様式が大きく変わった時期に執筆されたものだけどポストコロナと言われる今ではどうだろうか?等といった、その時その場での解釈を重ねながらZoomとDiscordを用いたディスカッションが行われたのだけど、正直吸収してもしきれない程、なかなかに刺激的で充実した5ヶ月だった。

この5ヶ月を振り返ると、これまで自分はケアとかコモンといった言葉をただその言葉どおり表層的に受け止めていたのだなという気持ちになる。この本で書かれていることや研究会の議論を踏まえて、自身の暮らし方やまち、またこれまでの経験を見つめ直すと、色々と気付かされることがあった。

以前、自分の住む地域の地域包括ケアに行政職として関わり始めたとき、地域包括ケアのイメージ図があるからこれを清書してと言われ、当時地域包括ケアとは何かをしっかり理解しきれてないままにこんな資料をつくったことがある。

この図を清書したとき「本人を中心に多職種(プロ)が繋がって輪になりましょう」というイメージ程度で捉えていたのだけど、この図のなかにある「地域のつながりや地域ぐるみの支え合いのもとに」という言葉の意味を表層的にしか理解できていなかったのだ。

そのことに気付くきっかけとなったのが、この資料をつくった数ヶ月後、奇しくもその地域で自身が当事者として経験することになった家族の介護だ。自分の地元では、病院の電カルと介護の記録を多職種らが連携しあうクラウド型EHRの仕組みが導入されているのだけど、家族の介護をすることになり申し込んだところ、この仕組みに本人や家族・友人がアクセスすることまでは想定されていないことに気が付いた(当然に個人情報保護観点での同意はしているのだけど)。極めて本人に関する情報なのに、何の情報が、誰とどのように連携されているのか、本人や家族・友人は知ることができないってどうなんだろう?と、介護の当事者となったことで問題意識を持つようになった。

つまり、先ほどの資料にあった図において、本人と多職種の間に「家族や友人のつながり」があり、その繋がりによって支え合いができるということを理解できていなかったのだ。

実際に介護を経験してわかったのは、介護では多職種によるプロサーブ以上に、家族や友人といった存在によるコモニングが核になるということだった。家族や友人らがいかに本人と情報を持ち、その情報をプロとして支えてくださる多職種の人たちと情報や気持ちを共有しあいながら、1日や1週間をどう過ごしあうか。みんなで行動しながら意思決定・試行錯誤をしていく、そんなコモニングの過程こそが介護であり、地域包括ケアシステムなのだろうと。

今回出版された本「ここちよい近さがまちを変える ケアとデジタルによる近接のデザイン」では、いわゆる「ケアの倫理」を踏まえて、ケア(介護に限らず、英語のcareが意味する全般的な概念)を3つの意味に分類する(p.138)。

  • 誰かや何かに気づく(ケア1)

  • 注意が誰かや何かに対応する状況になる(ケア2)

  • ケアが治療と同義となる(ケア3)

この本が問題意識を持つ事象の一つに「サービスの都市」がある。ケアのはずだったものが商業活動となることで、ケア1の「気づく」という行為がコミュニティ(地域・都市)で行われなくなり、ケア1のないケア2の行為およびケア3の結果がプロだけによって提供され、市民を都市の「顧客」に変えてしまったのだという。研究会でこの話を聞き、当時を振り返りハッとさせられた。

あの資料をつくった頃を振り返ると、自分はケア1から3のすべてを「プロ」たる医療や介護の専門サービスが多職種連携により担うものだと捉えていたのだと思う。でも実際に自分が当事者となって経験したのは、ケアの段階ごとに役割を分散し、このうちケア1と2を本人を中心とするコミュニティとして共有しあえる関係を築きながら、その中で築かれるコミュニティとプロの関係がボーダレスになっていくというものだった。

この、本人と家族・友人、そしてプロとが相互依存しあう関係こそ「ここちよい近さ」なのだろうと思うし、このケアの関係は決して医療福祉だけでなく、ビジネスのシーンでも展開できるものなのだろうと思った。

いわゆる資本主義の浸透、PCやインターネットの普及、メディアやモビリティの発展によって共同体の束縛から個が解放され、個が自由を感じられる社会になった。でも生活者として「便利でラク」な自由を求めすぎるがあまり、自分自身に関する情報なのに、情報(データ)を預けた先のサービス提供者の方に、そのデータの利活用を委ねるようになった(委ねざるを得なくなった)。自身の意思決定や行動について、生活者は自由になった気でいて、実はサービス提供者にそのコントロール権がある(いわば自治を失っている)のではないかと。

そんな自治をコモニングによって取り戻していくというのが、近年盛り上がっている(最近出た本の名前を借りれば)「コモンの「自治」論」なのだと思う。そしてその自治を取り戻すという行為は、「べき」論で進むのではなく、楽しいという気持ちから進んでいくのがよいのだと。

その楽しいという気持ちを生み出す源泉になっているのは何だろう?と思ったとき、松村圭一郎氏の「くらしのアナキズム」という本に出会った。彼のいうアナキズムとは、無政府主義とかそういうものではなく、国家システムや資本主義の市場のなかに併存する、自律的で中動的な「助けあい」のシステムであるのだという。楽しく自治をしていく源泉にあるのは、彼のいう「くらしのアナキズム」にあるのではないか?と思った。

思い起こせば2014年にびわ湖大花火大会でCode for Shiga / Biwakoとして仕掛けたシビックハック(シビックテック)なんかも、実は「くらしのアナキズム」そのものなのだろうと思う。

あのプロジェクトで公開できたデータも、市役所が提供してくれたデータもあったけど、それ以上に自分たちが独自に(いわば勝手に、でも責任をもって)データ化したものが殆どだったわけで。パーソナルデータでもない、パブリックデータでもない、その間に埋もれている「コモンデータ」(勝手に自分で名付けた)なるものだからこそ、勝手に発掘し、自分たちのものとしてつくり、共有することができたんじゃないかと、松村氏の本を読んで振り返った。

空間を場にハックし、オープンに誰かと何かを一緒につくりあう。自分が作ったものを共有しようとしたり誰がが作ったものを受け取ろうとする、その相互依存によって、自分や相手と向き合うようになり、自身や相手の心が豊かになっていく。お土産を探すときも、何かデザインしたものをつくって納品するときも、相手の顔や利用シーンなんかを思い浮かべながら自分と向き合ってる感じがしていて、その自分や相手と向き合うという日々の鍛錬こそが、生活の体力をつけていくのだろうと思う。この辺は緒方壽人氏の「コンヴィヴィアル・テクノロジー」という本からも色々な気づきを得て、先日も以下のnoteを書いた。

今回出版された日本語版の本のタイトルは「ここちよい近さがまちを変える」だけど、あえて自分なりにこの本に補助線を引くと「ここちよい影響を与え合う近さがまちを変える」、なのかなと思う。いまこの研究会とは別に、県内でスマートシティのあり方について考える集まりをしているのだけど、スマートシティで取り扱うデータやその営みも、コンヴィヴィアルに影響を与え合うのがよいなと思っていて。

どうしても市民側にとってのデータって、使うものであって作るものではないと思われがちだけど、ここに日々の身体性を持たせ、つくり受け取るという自己主権型の流通の仕組みをもたらすことってできないだろうかと。そんな「コモンデータ」のあり方をいま模索している。某所でなんとか実践したいなと思っていて、またその辺は形になってきたら、このnoteなどで振り返ってみたい。

あと最後に余談だけど、この本の日本語版出版を記念して都内で開催された特別講義に参加した時にたまたま会場で出会った人が、たまたまその前の週に大阪で参加した全く別のイベントの関係者だったみたいで、そのエピソードを友人に伝えたら、こんなコメントが返ってきた。

「世の中距離が縮まってますねー」

自分たちが外に出ることで、距離が縮まっていってるんだろうなと考えると、面白いなーと思った。ここちよい影響を与え合う近さって、自らオープンに動くことによっても生まれるのかもしれない。研究会でも第3回目の自身の振り返りで「キャリアや所属、建物自体にぷらぷら性を持たせるようにしとくのはすごく大事だなと思った」と書いたのだけど、相手に求めず自らぷらぷらであることが、ここちよい影響を与え合う近さをつくる上で実は正攻法なのかもなぁ。

なんというか取り止めのない振り返りになってしまったけど、振り返れば振り返るほどいろんな思いが溢れる、そして自身の暮らし方やまちとポジティブに向き合えるようになる、とても刺激的で濃密な研究会だった。関係者のみなさん、本当に有難うございました!

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