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【小説】極秘任務の裏側 第12話

 前日にそんな後藤の葛藤があったとは知らない一ノ瀬たち。ミクブロとトイパラの強力タッグで後藤を追い詰めようとしていた。
正直、情報を探っていたケイには、後藤がただの捨て駒だということはわかっていた。片棒を担がされた頭も運も悪い男。しかし、実際にL38を奪って逃走しているのであれば、実行犯を捕まえるチャンスである。それに、後藤という男なら簡単に捕まえることができる気がしていたのだ。
 なのに。なぜか昨日から状況が掴めない。銀次郎を狙っていたところまでの情報は、ケイにも探ることができたのに、その後の行方が掴めないまま現在に至る。まだ後藤がL38を所持して逃走を続けているのか。いや、おそらく既に仲間の手に渡っているはずだ。目当てのお宝を後藤ひとりに持たせたまま、組織が放置しているとは思えない。だが、ケイの調査では組織の動きが不明なのだ。
 そもそも、ケイの調査のターゲットは後藤の端末であった。PCとスマホの両方から情報を抜いていた。それは単純に後藤のガードがゆるゆるだったおかげだが、組織はそれに気づいていたのか、それとも気づいたのか。この、突然動きが読めなくなったのは、組織の計画通りなのか? ケイは焦っていた。

「それで、白州君……作戦は?」
「あ、ケイで大丈夫です。謎の人物の名としてこちらでも馴染みがあるでしょうし」
 たしかに一ノ瀬やハラダ、ボスの間ではすっかりケイは話題の人だった。
「じゃあ、ケイ君。君はどうやって情報を得ていたのかな。現状はどうなっているのだろう?」
 ボスの言葉に、ケイは渋い顔をして少し黙った。きっと何か問題があるのだろうと、あまり期待するのはやめておこうと一同それぞれが思った。
「それが……昨日銀次郎君から後藤がL38を奪った少し後、情報を傍受することができなくなってしまいまして」
「つまり、現状はまったく把握できていない、ってことかな」
「お恥ずかしながら」
「なるほどね……どうしたもんかなぁ」
 それぞれが考え込む。一ノ瀬もいろいろ考えてみようとしたが、自分には無理だと早々に諦め、誰かが何かを思いつくのを真剣な顔をして待ってみた。しかし、しばらく誰も言葉が出ない。
「えっと……」
 誰も何も言わないので、とりあえずノリで言葉を発した一ノ瀬。みんなの注目が一斉に集まり、後悔した。
「あの……最後に連絡が途絶えた場所に行ってみるとかどうですかね? ダメもとで」
 ダメもとで意見してみた。
「しっかり者のケイ君なら、当然、既に行っているのではと思いますが」
 ハラダの声に、ケイは少し考え、溜息をつきながら頭を抱えている。
「いや、もちろん行きました……と言いたいところなのですが」
 行っていないのか? しっかり者のケイが?
「向かう途中、一ノ瀬に出会いまして……」
「あ」
 昨日の夕方、親子丼の店の前で急いでいたのはそれだったのか。
「凛子さんに一ノ瀬とのやり取りを報告しようとして電話して……雀荘に呼び出され……汚い居酒屋に連れていかれ……」
「つまり行っていないと」
 ハラダが溜息まじりにまとめた。
「……はい」
 一ノ瀬はケイの抜けているところを発見し、親近感を覚えて嬉しくなった。
わかる! あるよな、そういうこと。共感して、ひとりで何度も頷いた。ケイの行く手を阻んだ自覚はまったくない。
「では、そこへ向かうべきですね。ケイ君と、一ノ瀬君に行ってもらいましょうか」
「え? ふたりで?」
 一ノ瀬は思わず声をあげた。かといって、それ以上連れ立って行くべきとも思っていなかったし、ケイひとりで行くべきとも思っていなかったのだから、自分とふたりで行くのは妥当なのだが、なんとなくつい声をあげてしまった。
「そうですね、僕のパートナーは一ノ瀬で」
 たしかにパートナーはしっくりくる。一度組んでいるからな。
「でも……ボスとハラダさんはここに残るとして、私はどうしましょう?」
 エンヤが小さく手をあげた。
「せっかくなら私も……」
 その時、ドアが乱暴にノックされた。
「ガチャ!」
 …と叫びながら現れたのは銀次郎。
「銀次郎君!」
 エンヤは大喜びだが、ハラダは焦っている。
「いったいなぜここへ! 今日はおうちにいるようにと……」
「まあまあ」
 笑っているボスは、事情を知っていた様子だ。それを見て苦々しい表情のハラダ。
「オレも捜しに行くって言っただろ」
 得意げな表情で周囲の大人たちを見上げる。
「エンヤ君、この子の護衛、また頼めるかな?」
「もちろんですとも!」
 こうして一ノ瀬とケイ、エンヤと銀次郎という、あまり代り映えのないコンビがふたつ再誕した。
「しかし、銀次郎君たちは、あてもなく捜索してもあまり意味がないのでは」
 ハラダはまだ納得いかない様子でボスの顔を見る。
「それなんだけどさ」
 ハラダではなくボスに向かって答える銀次郎。
「オレ、思ったんだけど。あいつの充電てどのくらいもつの?」
「さすがだよ、銀。鋭いねぇ」
 ボスは銀次郎の頭を優しく撫でた。
「本来長寿のバッテリーを積むべきところなんだけど。まだ試作段階だったから、弱いんだよね、あの子。そろそろ落ちててもおかしくはないかも」
「けど、落ちてたとしてもL38は今、後藤って男が持っているんですよね?」
 一ノ瀬の質問に首を捻るボス。
「どうだろうねぇ」
「オレ、おっさんじゃなくって、あいつが行きそうなとこ探してみるよ」
「そんなこといってもさすがに無茶ですよ」
 不満そうなハラダに自信満々の銀次郎。
「見つけてやっから見てろよ。男の勘で!」
 そういってから同意を求めるように一ノ瀬を振り返った。思わず頷いてしまう一ノ瀬。
「そうだな、男の勘で!……あ」
 言ってからボスとハラダの前だったことに気づいたが、下手に言い訳するより黙った方が良さそうなので、そっとハラダから視線を逸らした。
「じゃあ、そんな感じでよろしく頼むよ」
 ボスがいい感じにまとめてくれた。
「はい!」
 元気よく出発する2チーム。一ノ瀬とケイの行く先は、昨日行くはずだった、後藤の通信が途絶えた場所。銀次郎とエンヤは、ロボきちの行きそうな場所を男の勘で捜索。面子的に緊張感の欠片もないが、一応極秘任務である。

「やれやれ」
 ハラダは深い溜息をついた。
「こんなんでいいんですかね、本当に」
 4人が出発した後、社長室に残ったふたり。
「どうだろうね」
 窓の外を眺めるボスの背中に向かって、ハラダは躊躇いがちに話し始めた。
「あの組織のリーダー、私の知る人間かもしれません」
「ん?」
 振り向くボスの前で、ハラダは俯いた。
「おそらく首謀者は、私がまだToy Toy Paradiseにいた頃のメンバーです」
「誰だかわかるの?」
「たぶん、ですが」
「なるほどね」
 ボスはしばらく考えていた。
「トイパラの昔からのメンバーが、内部で数人と不正な金銭取引を計画……。まだ事件にはなっていないけれど、トイパラへの裏切り行為だ。それ、凛子ちゃんも誰だかわかってるのかな」
「おそらく」
「そっかぁ……複雑な思いがあるだろうね」
 ハラダは黙っていた。
「行ってあげれば?」
「はい?」
「そろそろちゃんと話を聞いてあげるべきだよ。いつまでも意地を張ってないでさ。凛子ちゃん何度も君に連絡してきてるの、知ってるよ」
「だ、だって! 話を聞くも何もないですよ!」
「まあまあまあ。いつまでも姉弟喧嘩してないでさ。僕だってただでさえ凛子ちゃんに嫌われてたのに、君のせいでもっと嫌われちゃってるよ」
「それは……すみません……本当に……」
 ゆっくりハラダに歩み寄って、肩に手を置く。
「行ってきなよ。せっかくの機会じゃない。一ノ瀬君使って君にアピールしてたらしいし。このままじゃ一ノ瀬君も報われないよ」
「はあ……」
 くるっとハラダの体を回転させ、背中を強く押す。
「はい! いってらっしゃい!」
 ボスはひらひらと手を振った。

「昨日急いでいたのは、後藤を追っていたんだな」
 一ノ瀬は早歩きで進むケイに必死に追いつきながら、少し大きめの声で話しかけた。
「あの時だけじゃない。僕は最初から後藤を追っているよ」
「じゃあ、後藤の姿は見たことあるんだな?」
「うん」
 なら、発見はケイに任せよう。自分は見たことないし、薄らハゲのおっさんだということくらいしか知らない。一ノ瀬はそう思ったが、実際は「薄らハゲのおっさん」ですらないので、そういう面では一ノ瀬はなんの役にも立たない。
「銀次郎君からL38を奪った直後ってことは、場所はあそこらへんてことだよな? あの……俺たちが会った辺り」
「そう、君の家の近く」
「は? なんで家まで知ってんの?」
 思わず立ち止まり、先を歩くケイに置いて行かれる。
「ちょっと! ねえ、なんで家まで知ってんの?」
 これも何でも屋のスキルなのか? いや、まさか。一ノ瀬の身辺調査などしてもなんの得もない。立ち止まり、振り返るケイ。
「ほんとに全然覚えてないんだね? 呆れた」
「え、ごめん……」
 また歩き出す。さっきよりは気持ちゆっくり。これは駅方面に向かっているんだよな。
「僕は一度君の家にお邪魔してるから。あの汚い部屋に」
「ご、ごめん……」
 覚えていなくてごめんなのか、部屋が汚くてごめんなのか、自分でもよくわからなかったが、なんだか申し訳なかった。
「まあ、いいよ。今回、僕が君をうまく利用できたのも、君が忘れていたからかもしれない」
「ごめ……、いや、利用とかいうな!」
「ははは」
 ケイは楽しそうに笑いながら駅前の階段を上った。ふわ、と香るあの匂い。
「この香水もその時につけてた? だから懐かしいのかな」
「これ?」
 心底おかしそうなケイの顔。
「懐かしい? だって君がくれた香水だから。部屋に転がってたやつ。酔っぱらった君を家まで送っていったら、お礼だって言って落ちてた香水くれたんだよ。俺のお気に入りだからって。使いかけを」
 なんて失礼な奴なんだ。一ノ瀬は過去の自分が何重にもやらかしていることを知り、深く反省をした。懐かしい匂いって……自分が昔つけていたのか。もしかしたら自分てアホなのかもしれない……と一ノ瀬は初めて気がついた。
「いや、でもさ……」
「うん?」
「そんな香水、つけてくれてるんだ。なんかありがとう」
「え」
 素直にお礼を言ったら、ケイは気まずそうな顔をした。
「なんかそれじゃあ、僕が君のためにこの香水をつけてるみたいじゃん、やめてよ。普通に気に入ったから、使い終わった後もわざわざ買い直してつけてんの!」
「別に怒ることないのに……いや、怒ることなのか? もっと怒るとこ他にあっただろ」
「怒ってないってば。ほら、行くよ」
 ケイは勢いよく改札を抜けていった。一ノ瀬も続いて……いこうと思ったら、チャージが足りなくて引っかかった。振り向いて溜息をつくケイ。
「ご、ごめん! 今チャージするから」
 あたふたとポケットから財布を取り出す一ノ瀬を見て、笑った。
「ゆっくりでいいから」
 早回しの動画のように動いている改札の向こうの一ノ瀬を眺めながら、お昼ごはん、どうしようかな……なんてことを考えていた。



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