見出し画像

【小説】極秘任務の裏側 第7話

「じゃ、じゃあ、作戦会議を始めます」
 一ノ瀬が言うと、だるそうに座った銀次郎がつっこんだ。
「学級会議みたいなノリだな」
 なんて生意気な小学生だ。そもそも、先程から気になっていたが、この少年、小学生とは思えない鋭さがある。やはり天才ボスの血を引いているせいか。

 一ノ瀬、エンヤ、銀次郎は、例の部屋で埃まみれの机を雑に並べて円卓会議を始めた。
「えっと……まず聞いておきたいんだけど、なんで銀次郎君はL38を盗んだの?」
「職人は技術を盗んで覚えろって言うだろ?」
「ええ?」
「一ノ瀬さん、銀次郎君はこう見えてロボット職人なんですよ。自由研究でも好評だったらしいです」
「そうなんだ……すごいね」
 勘違いでリアルな泥棒になってしまったが、考えようによってはかわいらしい。ここまで大ごとにならなければ、笑い話で済んだものだ。
「それで、盗んだL38を研究しようと思ったのか」
「まあね。けどそんなことさせてくれる相手じゃなかった」
「どういうこと?」
「ロボきちはさ、あーいうのなんていうの? 自分の自慢話とか、野望とかめっちゃ語ってきて。こっちの話なんか全然聞いてくれないし」
 気さくで話しやすく、フレンドリーと聞いていたが、自己主張は激しめのようだ。
「じゃあ、知らないおっさんも手を焼いているかもしれませんね?」
 エンヤがなぜか嬉しそうにこちらを見てくる。ハラダは「子供相手に護衛が苦戦している」というようなことを言っていたが、実際は苦戦しているというより、楽しんでしまって任務どころではないのかもしれない。
「でもさぁ、そんなスペシャルロボなら当然GPSもついてると思うんだけど」
「もちろん、ついてたよ」
 銀次郎は当然そうに、しかもなぜか得意げに答えた。
「でも盗んだ時にオレが抜いておいた」
「なんでそんな余計なことを!」
「これから盗むってやつがGPS放置しとくわけないだろ?」
「さすがですねぇ、銀次郎君!」
 ロボ職人というだけあって、抜かりない。恐ろしい小学生……隙だらけの一ノ瀬なんか銀次郎を敵にしたら、勝ち目はない。……とはいえ、お菓子に釣られてL38を奪われているのだから、そこはやはり子供なのか。
 まあ、そういうわけで結局、GPSによる追跡も不可能……と。
「それで、その知らないおっさんの特徴は? 髭とかメガネとか。体型とか」
「髭もメガネもなかったよ。デブでもガリでもなかったし、背も普通」
「見事になんの特徴もないなぁ……」
「あ、けどちょっとハゲてた。ハゲてたっていうか少なかった」
「微妙だなぁ……せめてスキンヘッドとかにしてほしかった」
「アイデンティティとしては弱いですよねぇ、薄らハゲは」
 こんなんで見つけられる気がしない。どうしたものか。
「やっぱ俺たちで捜すのは無理があるよ……銀次郎君、大人しくボスのところへ行こう」
「待てよ、一ノ瀬。オレたちはおっさんじゃなくてロボきちを捜してんだよ」
「うん? まあ、そうだけど……そのロボきちをおっさんが持ってるんだろ?」
「んーでもさぁ、あいつが大人しくしてるとも思えないんだよなー」
 一ノ瀬の中で、L38というもののイメージがだいぶ変わってきていた。ハラダから聞いた時点では、なにやらとんでもないスペシャルロボだということは分かったが、銀次郎の話を聞いているとロボというか……めんどくさい生物のような。
「たしかハラダさんの話によると、なんだっけ、走るし飛ぶし泳ぐし……みたいな感じだったけど、ロボきちは今どうやって移動しているんだろうね」
「オレが抱えてた時ももぞもぞ動きたがってたから、黙っておっさんに抱かれてるってこともなさそうだよなぁ」
「鳥かごとかに入れられてなければいいですけど……」
「んーでも、大人しく入るような奴じゃないし」
 このロボきちについて、もう少し理解しなければならなそうだ。どこへ行きそうとか、何をしでかしそうとか、最初に一ノ瀬が思っていた任務とだいぶかけ離れてきた気がする。
「知らないおっさんはひとりなんですかねぇ? 仲間とかいないんでしょうか」
 エンヤが疑問を口にして、一ノ瀬はぎくりとした。頭をよぎるケイの顔。でもなんだか一致しない。たしかに同じL38を狙っているぽかったけれど、どうしても一ノ瀬の中でこのおっさんとケイが繋がらないのだ。決してそれは、薄らハゲのおっさんと、今時のおしゃれさん風のケイが仲間とは思えないとか、そんなことではなく。いや、それもなくはないけれど。うまく言えないけれど、なんか違うんだよなぁ。
「おっさんには仲間がいたっぽかったよ。こそこそ連絡取ってる感じだった」
 なんとなく。本当にただなんとなくなのだけれど、ケイはおっさんのような雑魚っぽさがないと思う。もっと飄々としていて、子供を騙して奪ったロボをこそこそどうにかしようとか、そんなことをするケイが想像できない。買い被りすぎだろうか。ろくに知りもしないくせに。
「おっさんがグループだとか組織だとか……なんか仲間がいたとして、それはやっぱりロボきちさんを売却するための集団ですかね?」
「そう考えるのが自然かもね」
「見つけたら! 私がギトギトにやっつけてやりますのに」
「ギトギトってなんか怖いな……」
「そこなんだよなぁ……ロボきちの弱点はさ」
「どういうこと?」
 生意気でクソガキのくせに、変に知的に話したりする銀次郎は時々子供に見えない。
「あいつ、いろんなことできんのに戦闘能力ないんだよ」
「あ、たしかに」
「それはボスのポリシーみたいなものでしょうか。平和を愛す! みたいな」
「どうだかなぁ……」
 一ノ瀬と銀次郎は同時に言葉が出た。あの人がそんなまともなポリシーを持ってロボを開発しているようにも思えない。良くも悪くももっと楽しんでいそうだし。面白ければいいじゃんみたいな。すごいものを軽いノリで開発していそう、というのが一ノ瀬のイメージだ。だが、まあ、一度しか会っていないし、決めつけるのもよくないか。

「で、どうするよ?」
「んー、手がかりはほとんどゼロだしなぁ」
「クッキーでも食べますか?」
「クッキー?」
 エンヤはボディバッグからクッキーがたくさん入った袋を取り出した。
「あ、それ!」
 一ノ瀬と銀次郎が同時に叫んだ。そう、ボスにもらったクッキーと同じだったからだ。
「俺もさっきもらったよ、それ」
 ポケットから二枚入りのクッキーを取り出す。
「めっちゃうまいよな、これ!」
 エンヤが開けた袋に手を伸ばす銀次郎。
「これはですねぇ。私の妹が作っているクッキーなのです」
「そうなの? ボスからもらったけど」
「私の妹はちょっと変わった子でして。いろいろと苦手なことがたくさんあるのですが、クッキーだけは毎日毎日焼いているのです。そんなに焼いてどうするのってくらい」
「なるほど……?」
「そしてそれをボスが毎日毎日買ってくれるのです。大好きだからって、もう何年も」
「そうだったのか……」
「おかげで妹はクッキー屋さんになれました」
「なるほど……もう何年も……ってあれ?」
「はい?」
「エンヤさんていくつ?」
「いくつでしたっけ? 2 7くらいでしたっけ?」
 勝手に年下な気がしていたけれど、冷静に考えれば年下なはずがなかった。一ノ瀬は新卒、そして同期すらいないのだから、当然年上だったのだが、あまりにも年齢不詳過ぎて。
「気にすることないですよ、一ノ瀬君。私、一ノ瀬君のことも銀次郎君のことも年下とは思ってませんし」
「いや、それはまずいだろ」
 さすがの銀次郎もつっこんだ。

 ボリボリと硬めのクッキーを食べながら無言でそれぞれがロボきちのことを考えていた。
「俺、ボスとはさっき一回会っただけだし、正直どんな人なのかよくわかんないんだけどさ。銀次郎君にならあげてもいいと思ったって言ってたんだよ。ロボきちをね。話を聞いてみたらとんでもないスペシャルロボだって聞いてびっくりしたけど。でも、それは本心だったと思うんだ」
 銀次郎は黙ってボリボリクッキーを食べていた。
「けどさ、それは銀次郎君に対する愛情ではあると思うんだけど、ロボきちに対する愛着がないからではないと思う」
「うん」
「だからさ――」
「そうですね! 絶対にロボきちさんを取り戻さなきゃダメですね! おっさんの命にかえても!」
「いや、まあ、うん。そうだよね」
 とはいっても……士気は急に高まったけれど、対策はなにも進んでいない。
「あれ? なんだこれ」
 銀次郎が机の角に挟まっていた何かを見つけた。小さいキーホルダーのような。
「もしかしてあれじゃないですか、ほら、あれ!」
「えーと、あれね。わかる。わかるんだけど出てこない……」
「USBメモリだな、これは。たぶん暗号化機能がついてる」
 銀次郎はあっさり出た。やはり言葉がすんなり出てこないのは年齢のせい……なはずはない。一ノ瀬だってエンヤだってまだまだピチピチだ。
「それ、USB。なんのデータだかわかんないけど、すごく重要そうだよな」
 それに一ノ瀬はこの部屋だというのが引っかかる。きっと大事な手がかりな気がしてならない。
「なんとかして中身見れないかな」
「できると思うけど。でもこれ、ほんとにロボきちと関係あんのかな。そもそもこの部屋にロボきちとおっさんがいたって証拠ないし」
 銀次郎が言うことももっともだ。この部屋でなにがあったかは一ノ瀬しか知らない。
「ロボきちと関係、あると思う。男の勘で!」
「そっか、なら信じるよ」
「もしこれがそんなに重大なものなのでしたら、当然危険も覚悟しなければなりませんね。悪いおっさんが襲ってくるかもしれません! そんな時はこのわたくしが! だからお二人は私の後ろに隠れてください!」
「いやいや、まだ隠れなくていいでしょ」
 ボスの元へ銀次郎を連れて行くのがどんどん後回しになっているけれど、でもちゃんと前に進んでいる。たぶんだけど。後のことはもう知らん!
 こうして、実はまあまあ大きな事件に巻き込まれていることにも気づかず、深みにはまっていく一ノ瀬であった。


Next…第8話はこちら


この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?