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【小説】極秘任務の裏側 第14話

 角を曲がったとこでばったり、なんてシチュエーション、実際に存在するんだな。
後藤は隣を歩く赤いメッシュの女性をちらちら見ていた。エンヤって変わった名前だな。イントネーションが独特。日本人に見えるけど、海外の血が入っているのかもしれない。
正直、自分は他人の迷子捜しにつき合っている場合ではないのだが、困っている女性は放っておけない。後藤はまた横目でちらっと見た。小柄なのに背筋がシャンと伸びて、かわいいというか、かっこいいというか。どうせ自分もここら辺であいつを捜さなきゃいけないんだし、同じエリアで共に捜索をするってだけだ。自然だよな。

 結局あの後、ロボと犯罪者の友情はどうなったのだと気になっている人も多いだろう。あの流れのまま、後藤はL38に一緒に逃亡しないかと切り出した。俺がおまえを守るくらいのノリで持ち掛けたのに、簡潔に言うと、後藤は振られた。
「後藤トフタリデ逃避行ハ魅力ニカケルヨ……ゴメンネ」
 そう言うと、L38はズボンのポケットから後藤のスマホを奪った。スマホをぶら下げたままホバリングしているL38は、なにやら操作をしているようだった。
「後藤ノコトハ、キライジャナイケド」
 呆然と立ち尽くす後藤に別れを切り出すL38。
「ロボきち……大乱闘ノオ祭リ騒ギ……見テミタイ」
「そんなこと言ったっておまえも危険なんだぞ? ターゲットはおまえなんだから」
「ロボきち……秘密兵器モッテル」
「そ、そうなのか……?」
「ンジャ、マタナ」
 操作を終えた後藤のスマホをぽいっと捨てて、L38は華麗に飛んでどこかへ消えた。
後藤はぼーっとそれを見送った。いやいや、大乱闘って……そもそも組織の人数考えたら小乱闘程度だ。いきなりそんな物騒なことにもならないだろうし……。
盗んだロボに情が湧き、逃避行の話を持ち掛け振られた男。後藤より大乱闘を選んだL38。
しばらく屋上に立ち尽くしていた。
 いや、しかし。自分はどうなる? 我に返った後藤は焦った。逃避行に失敗したどころか、盗んだロボには逃げられた。大乱闘が見たいってことは、5時に倉庫に行くつもりなんだよな? 結局逃げるわけにはいかないじゃないか。後藤は組織に連絡をいれようとして、スマホを探したが見当たらない。さっきL38がぽいっと捨てていたっけ。もういいや。とりあえず、倉庫に向かおう。どうなっても知らん!

 そう思い、決死の覚悟でこそこそと倉庫付近まで来たのだが、大乱闘は始まっていなかった。5時を過ぎ、後藤は組織の連中が倉庫に集まるのを遠くから確認していたが、L38の姿は見当たらない。自分はどうなってしまうのかとハラハラ生きた心地がしなかったが、とりあえず後藤は見つかる前に逃げた。L38を失った状態で組織の前に姿を現すことはできない。どこにいったのか知らないが、L38を見つけ出さねば。それからどうするかは後で考えよう。
……そういうわけで、この周辺を後藤は周回していたのだった。一晩寝ずに捜し回った。足も棒だ。腹も減った。でも。ちらっと横を見る。人助けもできるし! 迷子もついでに見つけちまおう。

「あの……兄貴。こっちはさっき捜したんですよー」
「兄貴?」
「いや、さっき適当に呼べって言ってたので」
「あーそっか……じゃあ、その道入ってみるか」
 ふたりは角を曲がって古いビルが並ぶ細い道に出た。
「ところで、兄貴の探し物はどんな場所にありそうなんですか? こんな道端歩いていて見つかるものなんです?」
「んー……」
 実はまったく当てがないんだよなぁ。呼ぶわけにもいかないしなぁ。
「生き物なら呼べば届くかもしれないけど、探し物って難しいですね」
 いや、呼んだら来そうではあるんだがなぁ。
「銀次郎くーん! いませんかー!」
「は?」
「あ、すみません、銀次郎君て子なんですよー。どこいっちゃったかなぁ」
 銀次郎だって!? まさかあいつじゃないよな? 後藤は思わぬ展開に汗が噴き出した。もしあいつだとしたら、絶対に見つかるわけにいかない。なんだ、この女ミクブロの社員か? もしかしてL38も追っているのでは……いや、追ってるよな当然。
「兄貴がいてくれて助かりましたよー。銀次郎君も探し物をしてて、そこら辺走り回っているはずなんです。一緒に見つけたら絶対早いし、もしかしたら我々の探し物も銀次郎くんも、兄貴の探し物も見つかるかもですね!」
「あ、ああ……そうだな……」
 どうしよう……。角でぶつかった時は運命かもなんてのんきなことを思っていたが、なんならエンヤの捜し人の中に自分も入るのではないか? 犯人! ここにいますよ! はぁ……まいったなぁ。でもL38はどうしても見つけなくてはならない。あれ? 銀次郎の探し物ってもしかしなくてもL38だよな? やっべ、どうすればいいんだ。銀次郎にL38を見つけさせるわけにはいかないし、自分はL38を見つけなくてはならないし、エンヤは銀次郎を捜していて、自分は銀次郎に見つかるわけにはいかない。そして、自分は組織に追われている。抜け道なんてない。絶体絶命とはこのことじゃねーか。
「兄貴! このビルどうです? 怪しいですよね……」
 なにが怪しいのかわからんが、絶対に銀次郎を見つけさせるわけにはいかない。
「銀次郎くーん!」
「ちょ……!」
 慌ててエンヤの口を塞いだ。
「あにふるんでふか!」
「いや、ごめん。あの……おっきい声だしたら逃げちゃうかもしれねぇだろ?」
 そう言いながら口から手を離した。
「たしかに! その通りですね兄貴!」
「ああ……」
 生きた心地がしない後藤は、ひとりで逃避行って道もあったよな、とぼんやり考えていた。

「ここ、前から気になってたんだよねー」
 一ノ瀬とケイはこじゃれたオムライス屋さんにいた。ケイは嬉しそうにメニューを眺めている。ふりふりの制服を着た店員がお水をふたつ、テーブルに置いた。この店なら一ノ瀬も知っている。とろとろのおいしいオムライスが種類豊富で、一度行ってみたいと思っていたのだが、店がかわいすぎてなかなか入れなかった。
「でも男二人で来るような店でもないよな」
「そう? 一ノ瀬は変なとこ気にするよね」
 周りを見回しても、女の子同士やカップルが多いけれど……でも誰も一ノ瀬たちのことをじろじろ見てくるような人はいなかった。気にし過ぎだったのか。
「これにしようかな」
 ケイはメニューを指さした。ホワイトソースがかかっているオムライスで、人気ナンバー3と書いてあった。
「え、これバターライスなの? オムライスはケチャップライスだろ?」
「わかってないなぁ一ノ瀬。絶対おいしいからこれ」
 一ノ瀬はメニューを睨み、考えた。せっかくこういう普段いかない店に来たんだ。普通のオムライスを頼んだらつまんないな。
「じゃあ、俺はこれにしよっかな」
「ふーん」
 一ノ瀬が指さしたのを覗いて、頷くケイ。
「人気ナンバー1のもの選ぶあたり、一ノ瀬っぽいよね」
「どういうこと?」
「はは、特に意味はないよ」
 すみませーんと手を挙げ店員を呼び、オムライスふたつ、スマートに注文した。
「しかしなぁ……どうすればいいかなぁこれから」
 一ノ瀬はコップの水に口をつけながら言った。
「銀次郎たちと一緒に行動するってのもありかもね」
「たしかに……あの落ちたスマホの通信を切ったのがL38なら、後藤と一緒にいる可能性も高くないかもしれないよなぁ。そこら辺で息絶えてるロボを見つける方が早いかもなぁ」
「僕はL38の性格を知らないからさ、わかんないけど……さっきの一ノ瀬の妄想みたいな流れで後藤とL38が組織を巻こうとしたって考えるのもまあ、悪くないと思うよ」
「組織を巻くために後藤の通信をL38が切ったって? んーたしかに」
 しばらくふたりは黙り込んだ。それぞれいろいろなパターンを考えてみたが、どれもありそうに思えてきた。
 ケイは先程拾った後藤のスマホを取り出していじっている。
「中にヒントとか残されてないの?」
「脱出ゲームじゃあるまいし、ないでしょそんなの」
 誰のためのヒントよ、とケイは笑いながらスマホをいじり続けていた。そして溜息をつきながらスマホを手放した。
「だめ。もーわかんないよ」
 オムライスがふたつ運ばれてきた。それぞれの前に置かれたオムライスを見て、ケイのもうまそうだな、と思った。
「とりあえずいただこうか」
 スプーンを手に取り口に運ぶ。
「うま!」
 つい大きな声が出てしまい、一ノ瀬は自分で驚いて辺りを見回した。
「これは期待以上だね、うまい」
 昨日の親子丼といい、今日のオムライスといい、とろとろ卵最高だな、と一ノ瀬は親指を立てた。
「一ノ瀬これも一口食べてみなよ。めっちゃおいしいから」
「え……」
 ぜひ食べてみたい! だが、こういう時遠慮なく手を伸ばすのはいかがなものか。家族でも親友でもないのに。
「ほら」
 皿をこちらに寄せてくるケイ。一ノ瀬は手を伸ばして端っこを一口いただいた。
「うま!」
 再び大きな声を出してしまい、一ノ瀬は慌てて口に手をあてた。
「ね? バターライスも悪くないでしょ?」
 大きく頷きながら味わった。小さなエビが入っていた。ラッキー。
「これもどうぞ」
 一ノ瀬が皿を前に出すと、遠慮なくケイは手を伸ばした。
「うんうん、次はこれ頼んでもいいかもな」
 ふたりともぺろりと平らげた。食後のコーヒーを飲みながら、のんびり考察していた。
「じゃあさ、組織と後藤が今一緒にいるとしてさ、そしたらL38はもう売却ルートしかないだろ? でもその場合はさすがに警察だよな?」
「まあね、仕方ないよね」
「あーでも、そしたらトイパラのスキャンダルみたいなことになっちゃうのかな」
「んー……警察沙汰にしたくないっていうのは凛子さんの意向だったんだけど、ミクブロも巻き込んじゃったから仕方ないよね」
 やはり社長的にはこのスキャンダルは痛いだろうなぁと一ノ瀬は考えた。
「首謀者がさ、凛子さんの古くからの仲間だったらしいんだよね」
「え」
「だからそういう意味で、あまり表に出る前に自分で処理したかったみたい」
「なるほど……」
 雀荘の凛子さん……男らしいなぁ。一ノ瀬は会ったこともない凛子に憧れを抱いた。
「さてと。のんびりしてらんないよ、一ノ瀬」
 たしかに、当てもないが休んでいるわけにもいかない。足を使って捜索だ。ふたりは重い腰を上げた。

 店を出た途端、強い風が吹いた。
「いたたたた」
「どうした?」
 一ノ瀬は目を押さえる。
「コンタクト?」
「そう、いってー!」
 涙を流しながら目を押さえている一ノ瀬の横で、ケイは大通りの向こうの角にエンヤの姿を見つけた。
「あ、エンヤさんだ」
「え? エンヤ?」
 そうか、この近辺にいてもおかしくはないか。
「銀次郎君は?」
「いや……あれは……えええ! どういうこと!?」
「なに!? なにがあったの?」
 まだ涙を流しながら、顔を上げる。たしかに遠くにエンヤっぽい姿が見える。
「誰だ? あの男」
 首を傾げる一ノ瀬の隣で、驚きに目と口を大きく開いたままのケイ。
「あいつ……後藤だよ!」
「はぁ!?」



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