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【小説】極秘任務の裏側 第1話 

 錆びた鉄の階段を降りて路地に出ると、ビル風がふたりを襲った。
「硬いなぁ。ほら、笑って。笑顔笑顔」
「いででででで……!」
 頬を強くつねられ、笑顔どころか涙が滲む。
「なにすんだよ!」
 一ノ瀬が声を上げると、ケイはふふふと笑った。
「リラックスリラックス」
 軽い足取りで先に進むケイの後を、頬をさすりながらついていく。
気合いを入れないと。これは下手したら命に関わる大きな仕事だ。
両手を横に広げ、軽く伸びをしながら歩くケイの姿をみて、なんでこんな時に余裕があるんだと羨ましく思いながら、一ノ瀬はふと恐ろしいことに気づいた。
 あれ? こいつ誰だっけ?
立ち止まる一ノ瀬を振り返るケイ。
「どうしたの?」

―――ドウシタノ?―――

 どうしたんだろう、本当に。情報をまとめよう。一ノ瀬は頭を抱えて必死に考えた。
今、自分たちは任務に向かう途中だったはず。任務とは? ボスからの緊急任務……小型ロボ奪還作戦だ。ターゲットは数時間前に小型ロボL38を奪って逃走中。裏では高値で取引される代物のため、おそらく売却目的と考えられる。ボス曰く、違法なパーツも使用されているため、警察は頼れないとのこと。新卒1年目の一ノ瀬にとって、これが最初の任務となる。ここまではいい。
「一ノ瀬?」
 心配そうに覗き込むケイの顔をじっと見る。年齢はおそらく一ノ瀬と同じか、少し下か……。たぶん男性? 全体的にクールカジュアルな雰囲気だけど……。
「どうかした?」
「いや…えっと…」
 知り合い……なのか? 向こうはやたら親しげに絡んでくるし……。
「ケイ……」
「なに?」
 なぜ彼をケイと呼んでいるのか。出会いも思い出せない。なのになぜか名前を知っているし、なんだか無性に懐かしい。
「えっと、ケイは……どこに行くの?」
「はあ? 任務でしょ? どうしたの一ノ瀬」
「はは、だよな。一応確認しただけだよ」
 自分の乾いた笑いに顔が引きつる。おまえは誰なんだとか聞いちゃいけない気がする。おかしいのは自分なのか? 会社から呼び出され、ついさっき雑居ビルの一室で任務の内容を聞かされた。極秘だからと一人で来るように言われ、部屋に置いてあったスマホからボスの指示を聞いたのだ。いや、実際にはボスの指示も直接は聞いていない。ボスからの指示を、秘書のハラダから聞いたのだ。スマホで。とにかく、その時はほかに誰もいなかったし、部屋を出た時は一ノ瀬ひとりだったはず。いつの間にか当たり前のように隣にいるこいつ――ケイ。
え、マジで誰?
 一ノ瀬は任務よりケイが気になって仕方ない。記憶を辿ってもケイのこと以外、抜けている部分は見当たらない。思い出せないのはこの……彼? だよな多分? まあ、彼女でもどっちでもいいけど、ケイとかいうこいつのこと。どうやってこいつの情報を引き出そう。一緒に任務に向かっているなら、仕事仲間に違いない。ならば頭のおかしいやつと思われるわけにはいかない。質問は慎重にしなければ。ちらっと横目でケイを見ると、あからさまに怪しむような目つきで一ノ瀬を見ていた。
「大丈夫?」
「え、なにが?」
「なんかさっきから様子がおかしいからさ」
「そんなことないよ、ほら――」
「ん?」
「ほら、あの……今回の任務って、極秘だし……初めて? だし……。だよな?」
「うん、そうだね」
「だから、あの……ケイと一緒に任務ってなんか緊張するなって思ってただけ」
「はは、たしかに」
 情報を引き出すのが下手すぎる。「はは、たしかに」で終わってしまった。しかも半端に探ってしまったため、これ以上追究するのが難しい。任務の話からなんとか探れないだろうか。
「あのさ、ケイ。さっき……」
 いつから一緒にいたのか、まずそれが気になる。いつからというか、いつの間にというか。あの雑居ビルの部屋に入った時も、出た時も、確かに一ノ瀬はひとりだったはずなのだ。
「あの部屋には他に誰もいなかったよね?」
「僕たち以外に?」
「そう……うん? あれ? 僕たち以外に……」
「いなかったよ。ちゃんと確認した」
「そうか……」
 質問の仕方を間違えたか? なにこれ非常に難しい。
「様子がおかしいと思ったら、そんなことを気にしてたのかぁ。心配しないで、僕もこう見えて慎重派なんだ」
「それはよかった……」
 全然よくない。今思うと、最初にストレートに聞けばよかったのだ。「おまえ誰?」って。難しいか。いや、聞くべきだった。そもそも当たり前に隣にいたから、一瞬気づくのが遅れたのが敗因だ。タイミングを逃してしまった。いや、でも、今思うとその時はまだ間に合った。「あれ?」をつければよかったのだ。「あれ? おまえ誰?」――厳しいがギリギリいけた。でも、もたもたしているうちにそのタイミングも逃し、普通に仲間としての会話を交わしてしまった。これはもう手遅れだ。どうにかして、ケイの情報を引き出さなければ。自分が忘れてしまっているだけなのか? 初めましてのあいさつも全く身に覚えがないが。
「あ、一ノ瀬、あっち! 急いで」
「え?」
 ケイのことで頭がいっぱいで、任務のことなど忘れかけていた一ノ瀬は我に返る。ケイが何かを追って足早に角を曲がり、大通りに出た。慌てて追いかける一ノ瀬。右手に見える歩道橋を眺めながらケイが呟く。
「あー……これはやばいかも」
「やばいって?」
「例の組織だよ。もしかしたら僕らは、一杯食わされたかもしれない」
 ケイと同じように歩道橋に目を凝らしたが、のんびり歩く一般人ばかりで、怪しい人影は特に見当たらない。例の組織? 小型ロボを奪ったターゲットのことだろうか? 一ノ瀬はターゲットについて詳細を聞かされていない。ターゲットが組織だというのも今初めて知った。
「ケイ、ターゲットって――」
「一ノ瀬」
「はい」
「僕は組織の上を狙うから、君は引き続きターゲットを追って」
「ええ? いや、組織って――」
「急がないと手遅れになる」
 ケイは一ノ瀬の肩をぐっと掴み、真剣な顔で軽く頷くと、歩道橋に背を向けて駆け出した。役割を与えられた手前、追うわけにもいかず、立ち尽くす一ノ瀬。

 さて、困った。謎は深まるばかりで、ターゲットだとか組織だとか、実は自分はなにも理解していなかったことに今更気づいた。君はエージェントだと言われ、極秘任務と称してそれっぽい言葉がたくさん出てきたが、よく考えたら全然意味がわからない。そもそも、おもちゃ屋さんのエージェントって、こういう仕事ではない気がする。そう、一ノ瀬の所属する組織――MIX BLOCKは玩具店……おもちゃ屋さんだ。ボスは変人と聞いていたが、実際に会ったことはなかった。この一連の謎がボスの指示ならば、もしかして我らがボスは、想像以上の変人なのか? MIX BLOCK……いったいどういう会社なのか、もっとよく知る必要があったのに。気づけば入社半年、一ノ瀬はぼーっとし過ぎた。



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