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【小説】極秘任務の裏側 第8話

 埃っぽい机の上に、銀次郎はリュックから妙な機械を取り出し、設置した。
「なに? それは」
「言ってもどうせわかんないだろ」
 そうだろうけど、かわいくない奴め……。
「わかりやすく言えば、データの読み込みとか解析とかできる機械だよ。しょーじさんがくれた」
「しょーじさん?」
「自分のボスの名前も知らねーのかよ。これだから新人は」
 そういえば有り得ないことに、一ノ瀬はボスの名前を知らなかった。さっきもらった名刺を慌てて取り出してみる。

   「君のボス 今泉 祥」

 君のボスって……誰に向けての名刺なんだ? 相手によって使い分けているのだろうか。うっかり間違えて取引先の社長なんかにこれを出したらと想像して一ノ瀬はにやけたが、そんなうっかりをするのは一ノ瀬くらいだろう。
「で、なんでしょーじさん?」
「祥おじさんだから。頭使えよ」
「あー、はい……すみません」
 ほんっとに生意気! 一ノ瀬はボスの名刺をぐしゃりと握りつぶしそうになって、必死に耐えた。
「そのしょーじマシンがあれば、さっきのデータもまるわかりってわけですね!」
「そんな簡単にいけばいいけど……。暗号化されてるデータはなかなか解析できないから」
 難しい顔をしてマシンのレンズを覗き込む銀次郎を横目に、一ノ瀬はボスの名刺を手で弄んでいた。さすが社長だけあって、いい紙が使用されている。ちょっとやそっとじゃ折れることもなさそうだ。
と、言ったそばからピンッ! と名刺は飛んで行った。折れることはなかったが、弾けることはあったようだ。やれやれ、と腰をおろして埃っぽい床に手を伸ばす。
「あれ?」
 落ちた名刺のそばに、もう一枚名刺のようなものが落ちている。埃もかぶっていないし新しそうだ。

   「何でも屋 白州 ケイ」

「ケイ!? 何でも屋!?」
 ケイってケイだよな!? 場所的にも間違いない。
「どうしました!? なにかお宝発見ですか!?」
「うん、えーと……お宝ではないけれど……すごいものかもしれない」
 少なくとも一ノ瀬にとっては。あの謎の男の正体がわかったのだ。とはいえ、まだ謎だらけではあるが、少なくとも、ケイは知らないおっさんの組織の正式な一員ではないと言える。
「よかった……」
 なんとなく、一ノ瀬は安心した。ケイにはもう少しふわふわしていてほしかった。泥臭い犯罪に絡んでいてほしくなかった。これは情なのだろうか。

「なあ、なんか出てきたぞ、いろいろ」
 データの解析をしていた銀次郎が顔を上げた。
「なにが出てきた?」
「よくわかんない」
 天才少年でもさすがにわからないか。一ノ瀬とエンヤが出てきたデータを覗き込む。
「これは……ゴクリ」
 一ノ瀬はエンヤのゴクリに期待した。きっとなにかを発見したのだ。
「さっぱりですね」
 思わせぶりのゴクリにがっかりした一ノ瀬は、改めてデータを覗き込んだ。
「たぶん複雑な暗号化がされてるんだろうな」
「その暗号を解くのがこのマシンなのに」
 銀次郎は明らかに不満そうな声を出した。
「まあ、ほら、君子供だし。子供向けのマシンだったんじゃないの?」
「馬鹿にすんなよ、ポンコツのくせに!」
「なんだと! お菓子に釣られてロボきち逃したくせに!」
「う……」
 これは大人気なかったか。さすがの銀次郎も黙ってしまった。
「まあまあまあ、ポンきちさん」
「誰だよ、ポンきちって」
「この名刺の方ならどうにかしてくださるのでは?」
 エンヤが掲げているのはケイの名刺。まるで魔法のカードのように掲げている。
「いや、なんで……敵か味方かもわからないのに」
「だって『何でも屋さん』なんですよね? なんでもしてくれるんじゃないのですか?」
「うーん……」
 そうなような、違うような。そもそも、何でも屋として、既に誰かに使われている可能性が高い。というか、そうに違いない。こちらから連絡して、手伝ってもらえるとも思えない。
「こんな場所で見つかる一ノ瀬君のお知り合いの名刺……謎めいて魅力的なのですが!」
「まあ、たしかに」
 謎めきと魅力は否めない。

「とりあえず、電話してみようか」
 ふたりがいる前で、ケイのことをどこまで詰められるか自信がないが、とりあえず話してみる価値はある。一ノ瀬はスマホを取り出し、名刺に書いてある番号にかけてみた。
RRRRRRR……出る気配はない。向こうは一ノ瀬の番号を知らないよな。ならかけ直してくる可能性も高くない。
「出ませんかねぇ、便利屋さん」
 実際には何でも屋だが、エンヤは便利に使おうとしているようだ。なにか大きな手がかりになると思ったのだが……非常に残念だ。
「どうしようか、知らないおっさんを追うか、何でも屋を追うか」
 一ノ瀬としては現状、ケイの方が追う価値がありそうな気がする。
「けど、何でも屋は今回のロボきちの事件には関係してっかどうかわかんないんだろ?」
「まあ、そうなんだけど……」
 一ノ瀬は言葉を濁したが、思いっきり関係していることを知っている。
「どっちにしろ、このデータが気になるよなぁ」
「あ!!」
 エンヤが大きな声を出した。
「もうこの際、本社に持っていったらどうです? 本社ならさすがに解析できますよ!」
「た、たしかに……!」
 なぜ今まで気づかなかったのか不思議だが、まったくその通りだ。しかし、三人とも躊躇った。そこにはそれぞれの理由がある。まず、一ノ瀬はスパイと思しきケイを逃したり情報を与えたことに対する罪悪感、銀次郎は当然ながら窃盗からの紛失で怒られるだろう。そしてエンヤは……単純に探偵ごっこが楽しかったから辞めたくなかった。
「うーん……本社ねぇ……行くべきなんだろうけど」
 煮え切らない三人。しかし今のままここで作戦会議を続けていても、正直埒があかない。せっかく見つけたデータだ。大きな手掛かりになるはず。そしてそれをここでは解析できない。ならば。答えはひとつ。
「いくか。本社」
 少し沈黙があった後、三人声を揃えた。
「やだなぁ……」
なんとなく、足が動かなかった。
「で、でも! 私からお願いしてみます! 引き続き、このメンバーで任務を続行させてもらえるように!」
「いや、エンヤと一ノ瀬はいけるかもしんないけど、さすがにオレは無理でしょ」
 それはたしかになんとも言えない。いくら変わり者のボスとは言え、小学生に任せるとも思えないし、そもそもしっかり者のハラダがついている。危険も伴う可能性があるこの任務に、銀次郎を参加させるとも考えにくい。銀次郎は生意気なクソガキだが、とても有能なのでぜひ一緒に行動したいのだが。
「そこをなんとか!」
 エンヤは食い下がったが、食い下がる相手を間違えている。
「とりあえず、お願いしてみよう。まずはこのUSBからだ」
 こうして、一行はひとまず本社に向かうことになった。
「あ!」
「うん?」
「おまえの任務ってオレをしょーじさんとこに連れてくことだったよな?」
「あ、そうだった」
 知らないおっさんを追うことで、忘れていたが。
「ポイント稼がせてやるんだから、なんか奢れよ?」
「チュロスとタピオカでいい?」
「クソ一ノ瀬が」
 銀次郎はそっぽを向いた。
「まあまあまあ。私の任務も無事に銀次郎君を帰還させることです。なので、私も銀次郎君にチュロスとタピオカ、買ってあげますよ!」
「なんなの、この大人たち!」
 完全にへそを曲げた銀次郎を連れて、一ノ瀬たちは本社へ向かった。

「おかえり、早かったね」
「いえいえ遅かったですよ、ボス」
 本社に着くと、さっそくボスとハラダが社長室で三人を迎えた。
「で? その顔を見るといろいろあった感じだけど」
 どんな顔をしていただろう。ケイのこと? 一ノ瀬は不安になって無意識に頬を撫でた。
「まずは銀。なんか言うことあるんじゃない?」
「……んなさい……」
「んん? 聞こえないよ?」
「ごめんなさい! けど盗めって言ったのはあんただろ!」
「あー、そうか。まあ、そう言われちゃうとなんとも言えないなぁ」
 笑っているボスを、ハラダは横目で睨んでいる。
「で、盗んだ成果は?」
「もしオレが作るならもう少し素直なやつにするよ」
「今風の子をイメージしたんだけどね、難しいね」
 ロボきちが自慢話を聞かせたり承認欲求が高そうなのは、ある意味今時なのかもしれない。
「エンヤくんも、ご苦労様。いろいろと楽しんだみたいだね。顔に書いてある」
「ええ? さすがですボス! 第2ラウンドの準備はばっちりですよ!」
 エンヤはいったい何要員なのだろう。やっぱり護衛? おもちゃメーカーMIX BLOCKで? いったい普段どんな仕事をしているのか気になる。
「それで? 一ノ瀬君。君が一番複雑な顔をしているよ」
「そ、そうですかね、はは」
 からくり時計が5時を告げた。もうこんな時間かぁ。クッキーだけじゃ膨れないなぁ。夕飯までに仕事から解放されるかな。されないだろうなぁ。みんなでごはんに行ったり? そしたらボスの奢りだよな。いいとこ連れてってくれるかなぁ。けど、任務の途中だしな。全部終わってからか、御馳走は。
「なにがあったのか、話してもらおうか」
 ゆったりした社長椅子に深く腰掛け直しながら、ボスが一ノ瀬を見上げる。まだ何も話していないのに、ケイに会ったこと、逃したこと、USBメモリのこと、その他いろいろ、なぜ自分から話があるとわかるのだろう。天才だから? いや、違う。単純に一ノ瀬の態度がわかりやすいからである。

「えーっとですね……」
 一ノ瀬はここまでの経緯をしどろもどろに話し始めた。ケイのことは、エンヤや銀次郎も知らない話だ。胸を張って話せる話ではないから、二人の前で話すのは気が引けた。
スパイのケイを逃したところまで話した時、
「そこで何でも屋のケイさんが繋がるんですね!」
 空気の読めないエンヤが嬉しそうな声を上げた。
「何でも屋?」
 ハラダとボスが怪訝な顔をする。
「ええ、実は……」
 USBの話も絡めつつ、例の部屋で見つけた名刺の話もした。
「ケイの苗字は知らないから、もしかしたら別人かもしれないけど……」
「いや、でも流れ的には繋がりますね」
 ハラダは顎に手を当て、考えていた。
「すごいじゃん! こんなに進展があると思わなかったよ。やるね君たち!」
 一通り話を終えると、ボスは満足げに拍手をした。このリアクションを素直に受け取っていいのだろうか。
「あまり褒められたものではないですが、成果はだいぶあったようですね。データの解析も至急行います」
「そ、それじゃ僕たちは……」
 一ノ瀬は任務の行方と、夕飯の行方が気になっていた。
「状況が進み次第、連絡します。それまで各自食事なり休憩なりしていてください」
「了解です!」
「銀、君はこっちだ」
 渋々ボスの後についていく銀次郎。
 とりあえず、駅前の親子丼を食べに行こう! 一ノ瀬は本社を飛び出した。


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