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【小説】極秘任務の裏側 第13話

 銀次郎とエンヤもまた、一ノ瀬たちと同じ駅に向かっていた。お菓子を買うためにコンビニに寄り、かなり長いこと吟味していたため少し出遅れたが、やはり現場のそばを捜索するのが筋、と銀次郎は心得ていた。一ノ瀬たちと三人で基地にした場所も気になるし。あの部屋が結局なんだったのか、一ノ瀬は教えてくれなかったけれど、なにか事情がありそうだった。きっと今回の事件になんらかの関係があるはず。銀次郎は冴えていた。だって、たしかケイの名刺が落ちていたのもあの部屋だった。臭うな。まずはそこからか。
 駅前の歩道橋に出た。忌々しい記憶が蘇る。あのチュロス、おいしかったな。いや、コンビニでじゅうぶんなお菓子を補充したのだ。惑わされるな。
「銀次郎君、結局あの部屋に向かうんですね?」
「んー、他に当てがあるわけでもないからとりあえずな。一ノ瀬たちもその付近に向かうって言ってたし、あのエリアが怪しいんだよ、やっぱ」
「そうですね、一応地図を確認……あれ?」
「どうした?」
「スマホ忘れちゃったみたいです」
 ボディバッグを漁るが、どこにもない。会議室か? 家を出た時にはあったはず。たぶんだけど。
「必要な時はオレのを使えばいいよ」
「そうですね」
 スマホが見当たらないのは普通なら非常に不安になるところだが、エンヤは普通ではなかったのでそれほど不安にもなっていなかった。ボスやハラダ、一ノ瀬の連絡先は銀次郎も知っている。彼らもエンヤに連絡して、繋がらなかったらきっと銀次郎にかけてくるだろうし。それほど問題はない、とエンヤは焦ることもなかった。

 例の部屋に着くと、あの時の円卓会議のまま机が雑に並んでいた。
「懐かしいなーここ」
 銀次郎は椅子に座りながらそう言ったが、つい昨日のことである。子供の感覚は恐ろしい。
「特に変わりはないようですねぇ」
 エンヤは周辺を探ってみたが、面白そうなものは見つからない。
「いや、絶対ここになんかあんだよ、謎が」
「それも男の勘ですか?」
「一ノ瀬のな」
 たしかにそういえば、前回この部屋を指定したのは一ノ瀬だったと、エンヤも思い出した。なにがあるのだろう?
「そういえば出発前にボスから貰っていたものはなんなんですか? なんか四角い……」
「ロボきちの予備の電池パック。いざって時のためにね」
「なるほど……」
 がっつりロボきちを捕獲する気満々だ。電池が切れていたらそのまま連れて帰るのが絶対一番平和なのに、なぜかこの子供は意識を回復させるつもりでいるし、それに手を貸す制作者である叔父。恐らく、ロボきちに対する意識が機械というより生物に近いのだろう。特に銀次郎。ボスはそれを面白がって手を貸しているだけかもしれない。
 しばらく埃っぽい部屋を探ったが、何も手がかりはなくエンヤも椅子に座った。
「ここにロボきちがいるなんて思ってはなかったけどさぁ……なんか手がかりがあると思ったんだよなぁ……ハズレかぁ」
 銀次郎が頭を抱えた。
「そもそもロボきちさんがひとりでいる可能性も高くはないんですよね? 後藤が持っているか、そこから組織へ渡っているか。そのどちらかの方が可能性としては高いはずなのですが」
 エンヤは首を捻りながら考える。
「オレは後藤の顔も知ってっからさ。ロボきちが後藤と一緒だって構わないんだよ」
「あ、たしかに」
 ふと、なにかに閃いたような銀次郎。スマホを取り出して調べ物を始めた。
「なんで気づかなかったんだ。もし後藤が組織にあいつを引き渡すなら、それなりの場所を用意するだろ? まあ、それがこの部屋かもって思ったけど、違うんだ……こんな場所じゃあいつは満たされない。なんたって、あいつの野望は――」
「え? なんですか銀次郎君……ちょっと怖いですよ?」
 ぶつぶつと早口で独り言を言いながらスマホで周囲の地図を検索したりしている。
「いや、本来なら当然昨日引き渡し終えてるはずだよな? けど、そんな無事に終わってるはずがない。チャンスだもんな。やっぱ、大人しくしているはずがないんだよ」
「だからなんなんですかー銀次郎君」
 スマホから顔をあげて、興奮した顔で銀次郎がエンヤを見た。
「一ノ瀬たちが捜査に行った場所、そこから組織との引き渡し場所の間に、ロボきちはいると思う。充電が切れた状態で、そこら辺にいるはず。オレ捜してくる!」
「え、ちょっとまってくださいよ。私も行きますから!」
「捜すの、結構大変になると思う。ふたてに分かれよう。なんかあったらすぐ連絡する! そんな遠くにはいないはず」
 そう言うと、銀次郎はすごい勢いで部屋から飛び出した。
「ええ……」
 すぐに追おうとしたが、まあ近くならふたてに分かれるのも悪くはないかもと思った。
なにかあったら連絡するって言ってたし。ん? いやいや、スマホがないんだった!
焦ったエンヤはすぐに部屋を出て、銀次郎を追った。……が、部屋を出るとすでに彼の気配はなかった。
「どうしましょう! 私としたことが! 護衛として任されたのに!」
 慌てて階段を駆け下り、路地に出て辺りを見回すが、不思議なくらい静かだ。
「銀次郎くーん!」
 叫ぶけれど、カラスの鳴き声しか返ってこない。エンヤは立ち尽くした。会社に連絡すらできない。困ったなぁ……。まあ、銀次郎君はもう組織のターゲットではないし、危険がおよぶこともないとは思うのだけれど、ロボきちさんを無事に手に入れられたら、それはまたターゲットなのでは? なんとしてでもロボきちさんと銀次郎君を組織より先に捕まえないと。
 そもそも、一ノ瀬たちが捜査に行った場所もよくわからない。そこから組織との引き渡しの場所の間にロボきちがいるはずと言っていたが、引き渡し場所だってわからないし……。エンヤは途方に暮れていた。ただ、この近くにいると言っていた。それだけが頼りだ。
「ロボきちさーん!」
 呼んでみたが、充電が切れている可能性が高いんだっけ。
「銀次郎くーん!」
 だめだなぁ。ロボきちを追っている銀次郎を追うエンヤ。あとほんの一瞬気づくのが早かったら、はぐれることもなかったはず。考えていても仕方ない。とにかく足を使って捜し回るんだ。

 ドン!!

「いたっ!」
 角を曲がる瞬間、勢いよく男とぶつかった。男は転げている。
「いってー……」
「ごめんなさい! こちら急いでまして」
 倒れている男に手を差し出すエンヤ。その手に掴まり、立ち上がる男。
「いや、こっちも急いでて不注意だったよ、ごめんな」
「では」
 エンヤは去ろうとしてから、男を呼び止めた。
「あ、あの! このくらいの男の子、見ませんでしたか?」
「え? いや、見てねぇなぁ。ここら辺、さっきからうろうろしてたけどそんなガキは見てねぇよ」
「そうですか……」
「迷子か?」
「ええ、まあ」
「手伝ってやろうか。俺もここら辺で探し物してんだよ。ついでだ」
「え、そうなのですか! 手を組みましょう!」
「おう。見つかるといいな」
「あなたの探し物も絶対見つけましょう! どんなものなのですか?」
「えっと、そうだな……どんなっていうか……まあ、俺のは自分で探すからいいよ」
「そうですか……」
「あんた、名前は?」
「あ、名乗り遅れました、私エンヤです!」
「そうか、俺は――まあ、適当に呼んでくれ」
「わかりました、適当に呼びますね!」
 ここに謎のコンビが誕生した。探し物同盟、とでも言おうか。大丈夫なのか? いろいろ。

 一ノ瀬とケイは通信が途絶えたビルの付近をうろうろしていた。
「ここら辺なのはわかるけど……何階辺りとか、そういう見当もつかないのか?」
「んー……探知機もそんなに性能よくないからなぁ。ビルもおっきくないし、ちょっと見て回ろうよ」
 一階から入れそうなところをうろうろと探る。開きそうなドアは開けてみたが、あんまりガラのよくなさそうな人が多いビルのようだった。このビルのどこかの部屋に? それってこのビルに仲間がいたってことだろうか。たぶんそれはない。通信を傍受していた時に、組織の隠れ家的なものは後藤に知らされていないっぽかった。L38を奪ってから、安全な場所で取引が行われたはず。ということは、このビルのどこに後藤はいたのだろうか。
 廊下の端の鉄のドアが開いていて、外階段が見えていた。
「なんか外階段てさ、事件ありそうだよな」
 なんとなく、一ノ瀬がイメージしているものも理解できなくはない。
 ふたりは開いたままのドアをすり抜け、外階段に出てみた。
「上? 下?」
「上だろ。追い詰められた犯人は上にいくもんだ」
 実際は追い詰められて上に行ったのではなく、追いかけ回して上まで行かされたのだが、まあ、上は正解だ。
 風に当たりながら、特に急ぐこともなく外階段を上っていくふたり。手がかりなんてそんな簡単に残しておくかなぁと一ノ瀬は期待していなかったが、ケイは突然途絶えた通信に何かきっと意味があるはず、と少し期待をしていた。
 屋上まで来てしまった。意外と広めの屋上。強めの風が吹く。誰の物なのか物干し竿一本と、木でできた簡単なベンチがひとつ。バケツが落ちていて、あと、ビニールのボールも転がっていた。必要な情報は特にない。
「ここじゃないかなぁ……」
「でもさ、これからどうするべきか……なんてこの場所で考えてたかもね? ほら、このフェンスなんかに寄っかかったりしてさ」
 一ノ瀬はそう言うとフェンスにもたれて空を見上げた。
「俺には見えるよ! ここにいた後藤が!」
 一ノ瀬の妄想を掻き立てるシチュエーションができあがったらしい。
「ここで後藤が考えてたって? 何を? そもそも彼は面倒なロボを持っていたはずなんだけど」
「そう、それ!」
 一ノ瀬は楽しくなってきた。
「こうやってさ、ロボと会話とかするんだよ。犯罪者とロボの会話……妄想広がるよなぁ」
「そうお?」
 一ノ瀬の隣でフェンスに寄りかかってみたケイ、空を見上げる。
「後藤はさ、言ってみれば捨て駒的存在なんだよ」
「なるほどね? ふんふん、できました!」
 一ノ瀬が手をあげる。めんどくさそうなケイ。
「はい、一ノ瀬君」
「えっとですね、ここで後藤はL38と話しているうちに友情が芽生えてくるんだよ」
「はあ……」
「それでさ、組織にこのまま引き渡すってことに躊躇いが生じるわけ」
「ふーん」
「で、このまま逃げちまわねぇか? ってL38に言っちゃうんだよ、ついに!」
「ふんふん、それで? L38はなんて言うの?」
「んー……」
 一ノ瀬のむくむく膨らんだ妄想がストップした。いや、実際ここまでの妄想は意外にもほぼ当たっていた。それで?
「聞いた話によるとなんか生意気らしいんだよなぁL38って。言うこと素直に聞くタイプじゃなさそうだし……後藤と逃げるってのはないかもなぁ」
「じゃあ、どうなるんだろ、その後」
「んー……俺たちにはL38の理解が足りないかもしれないなぁ」
 せっかくの妄想劇場もあっさりと幕を閉じた。
「でも今の流れで考えると、なぜここで通信が途絶えたのか」
 ケイは顎に手をあてて考えていた。
「L38の仕業だったりして」
 一ノ瀬は適当に言ってみた。意外と一ノ瀬の適当発言は当たることが多いが。
あまり頭も良くなさそうな後藤のこと、L38の仕業というのは十分あり得るとケイも考えた。だとしたら、なにを企んでいる? L38……。
「あれ、なんだろ」
 一ノ瀬が何かを見つけて屋上の端のフェンスの隅まで歩いて行った。屈んで手に持ったものを掲げる。
「これだよ! ケイ! 見つけたぞ」
 ケイも駆け寄って一ノ瀬の手にあるものを受け取る。スマホだ。確認しなくてもわかる、これは間違いなく後藤のだ。
「どう? 俺がみつけたぞ」
「うん、えらいえらい」
 ケイはノールックで一ノ瀬の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「なんか最近の俺って結構冴えてるよなぁ」
 一ノ瀬が感慨に耽っている横で、ケイは今拾ったスマホをいじり始めた。
一ノ瀬もケイの手元を覗き込んでみたが、まったく意味がわからなかったので、今のうちにぼーっとすることにした。ケイはコンクリートの床に膝をつき、なにやら機械を取り出して作業をしている。たぶん、あれで何かがわかるのだろう。何か知らんが。身を持て余した一ノ瀬は、スマホを取り出し、時間を確認した。もうこんな時間か。お昼ごはんどうしようかなぁ。腹が減っては捜査はできぬ……でも今ケイが何かを見つけたらごはんどころじゃなくなるよなぁ。お昼抜きかもなぁ。
「ほんとに……通信を切ったのはL38っぽいよ」
「なんのために?」
 広げていた機械をしまいながら、ケイは言う。
「後藤が足手まといになったのかもなぁ。余計な動きを探られないように通信を切ったのかも」
「それって……L38がなんか企んでいそうだけど……何をしようとしてるんだ?」
「わかんないなぁ……現状がどうなっているのか把握できないからきついよね。L38も後藤も組織も、今どういう状況なのかわかんない……」
「とりあえずさ」
「うん?」
「ごはん、いかない?」
「……そだね」



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