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【小説】極秘任務の裏側 第10話

「ロン! トイトイ、三暗刻、ドラドラ……18000。悪いわね」
「くっそぉぉぉ! 跳満かよぉぉ」
 お世辞にも綺麗とは言えない雀荘に、場違い過ぎる華やかな女性。この数時間、くたびれたおっさん相手にゆるふわのロングをかきあげ、麻雀牌を華麗に切っている。
『もしもし? 凛子さん、聞いてます?』
「あーごめん。聞いてなかったわ。お友達がなんだって?」
 通話をしながら、手牌を睨む。
『いや、だから結局はターゲットも同じことだし――』
「あ、それポン」
『もういいや。またかけ直す』
 通話相手も諦めた。こんなのはよくあることで、慣れていた。
「あんたも来なさいよ。『ドラポン倶楽部』にいるから」
『嫌ですよ。のんきに麻雀打ってる場合じゃないんだから』
「とりあえず来なって。もう終わるから。飲みながら話しましょ」
 いわゆるセレブという憧れの的なのに、中身は超庶民派……いや、庶民派というか……汚い雀荘と汚い居酒屋が大好きなこの女性は凛子、Toy Toy Paradiseの社長である。

「だから……もういっそ手を組んでもいいんじゃないかなって」
「なるほどね……あ、こっち砂肝2本!」
 凛子の行きつけの居酒屋は、席と席の間も狭く、とても大事な話ができる環境ではない。
「もう……真面目に話す気あります? 僕知らないよ。いくら凛子さんでも、つきあってらんないよ」
「まあ、そう言わないでさ、ケイ。報酬は十分すぎるでしょ」
「はあ……」
 この店では明らかに浮いているふたり。凛子は居心地が良さそうだが、ケイは正直こういう雰囲気は苦手だった。多少うるさいのは構わないが、もう少し清潔感が欲しい。ガタついている椅子に座り直そうとして、触れた座面の裏がべたりと手に張り付き、ケイは心底萎えた。おしぼりで手を拭いながら、ケイは話を続けた。
「それより、大事なことが。すごく言いにくいんだけど」
「なによ。言ってごらん」
 ケイは躊躇っていた。こんな雰囲気で話せる内容でもなかった。だからせめて、会議室くらい用意してほしかったのに。
「あの、例のデータ。どこかに落としてしまったかもしれない」
「え?」
「ほんとすみません。さっき気づいたんだけど、どこにもなくて」
「それは……非常にまずいわね」
 鳥皮串をもぐもぐしながら、凛子は眉間に皺を寄せた。そしてビールをお代わりした。
「だから、一刻を争うんですよ。外部に漏れる前に、どうにかしないと。トイパラの大スキャンダルになる」
「まあ、そうね」
 凛子はおしぼりで軽く口を拭った。飲み食いしてもきれいにリップが保たれているのは、さすがである。
「あんたのお友達、一ノ瀬君だっけ。それで、彼は今なにしてるの?」
「ミクブロの仲間とL38を追っているっぽい。知らないおっさんって言ってたから、それ以上の情報はないんだと思うけど。あと、なぜか僕が何でも屋だってこと、知ってました」
「ふーん。もっとボケっとしてるかと思ったけど、意外と捜査もできるのね。やっぱ、上司がしっかりしてるからかしら」
「凛子さん……今回の件がうまくいって、仲直りできるといいですね」
「はぁ~、ビールもう一杯!」

 翌朝、一ノ瀬は本社に出勤した。ハラダからの連絡通り、会議室に向かうと、既にエンヤがコーヒーを飲んでくつろいでいた。ハラダとボスもすぐに来るそうだ。
「一ノ瀬君、作戦はばっちりですか?」
「作戦なんて聞いていたっけ?」
「聞いていないけど、ハラダさんのことだからきっと何かあるはずですね! すごいやつが!」
「そうかなぁ……」
 正直、L38の行方について、情報はほとんどないのに厳しい気がする。
 ノックの音と同時にドアが開いて、ボスとその後に続いてハラダが入ってきた。
「おはよ。ちゃんと睡眠と食事はとった? 今日も忙しくなるかもしれないよ」
「大丈夫ですよ。私いつでも動けます」
 拳を握るエンヤは頼もしい。しかしなるべくならエンヤが活躍するような危険なシーンは避けたいところだ。
「僕も大丈夫です。健康が取り柄なので」
「それはよかった。じゃあ、ハラダ。作戦を」
「えー、はい……。そうですね。『みんながんばれ』でお願いします」
「はい?」
 ハラダはすごく気まずそうにしている。それを楽しむかのようなボス。
「まあ、僕は『ガンガンいこうぜ』くらいでいいと思ったんだけどね。ハラダが攻めすぎると危険だとか言うから」
「いやいや、ちゃんと具体的な作戦をお願いしますよ! ハラダさんもそんな冗談言うキャラじゃないじゃないですか!」
「その通りなのですが、如何せん情報が少なすぎて。当たれるところを当たっていくしかないかと」
「いや、あるじゃないですか。例えばケイに連絡とってみるとか――あれ? これよくないですか?」
「あ、たしかに!!」
 今まで気づかなかった一同は、一ノ瀬も含めて心底驚いた。まさか一ノ瀬が一番まともなアイデアが出せるとは。
「しかし……そのケイという人物はどのくらい信用できるんでしょうね。目的も未だにはっきりしていないし、L38を奪った人物との関係だって明らかになっていません。『たぶん悪人ではなさそう……』という一ノ瀬君の勘をどのくらい信用していいものか」
 ハラダの不安ももっともだ。しかし他に手段があるだろうか?
「でも、いいんじゃない? 僕は賛成だよ。どういう展開になるか面白そうだし」
 そもそも昨日エンヤが提案したものだ。あの時とは利用法が違うが、今回は役に立ってもらわないと。それは「何でも屋」としてではなく、おそらく今のケイの立場的なものが、きっといい働きをすると思うのだ。
「電話は僕がしますか? それともハラダさん? いや、ボスですかね?」
「ここは一ノ瀬君でしょう。君の知り合いなんだから。一応」
「まあ、一応」
 ボスを含めて、みんなの前で電話をかけるのは緊張する。スマホを取り出したが、一同の熱い視線には耐えがたいものがあった。
なんとなく、横を向いて電話をかけた。RRRRRR……出るだろうか。出なくてもいいかも……。あとでかけ直してくるくらいが自分にとっては気が楽かもしれない。
「はいはい」
 出た。
「あー、えっと。一ノ瀬だけど」
「うんうん」
 なぜか少し嬉しそうなケイの声。
「かかってくるかなって思ってたよ。……手を組もうか」
「えっ」
 話が早すぎてありがたいが、ついていけない。手を組むとは結局どういうことだ? ケイの目的や一連の謎も説明してくれるということだよな? ケイのボスもOKということか?
「とりあえず、こちらに来ていただくことはできますかね?」
 隣でハラダが一ノ瀬に小さな声でささやいた。
「大丈夫、行きますよ」
 ささやきはケイに聞こえていた。これも何でも屋のスキルか?
「ではのちほど」

 どこにいたのか知らないが、ケイは驚く程すぐに到着した。そして会議室に揃ったメンバー。一ノ瀬以外はケイと初対面だ。ケイはハラダのことを知っているようだったが、ハラダは実際に会ってみても、心当たりはなさそうだった。完全にアウェイなのに、まったく物怖じすることなく、その堂々とした姿勢を一ノ瀬は羨ましく思い、なぜか誇らしくもあった。まるで自分の自慢の友達かのような感覚。出会った時のことなんて覚えていないくせに。
「来てくれてありがとう。僕、こういう者です」
 ボスがケイに名刺と……クッキーを渡した。あの名刺にはなんて書いてあるのだろう。一ノ瀬がもらった名刺の肩書きは「君のボス」とあった。さすがに社外の人にはまともな名刺を渡しているだろうけど。
「どうもはじめまして。僕はこういう者です」
 ケイは丁寧に名刺と……キャンディをふたつ渡した。流行っているのか? 名刺交換にお菓子を添えるやつ。自分も次からなにか用意するべきなのか、一ノ瀬は首を捻った。
「何でも屋さんのケイ君。話は聞いているよ。君はとても謎めいていて、魅力的だけれど、一緒に仕事をするにあたってはいろいろと教えてもらわなきゃいけない。君の秘密を」
「そうですね。そのつもりですよ」
 ケイは余裕の笑顔だ。
「ではまず、君の目的は? なんのために、何を追っているのかな」
 一同が注目する中、ケイはまっすぐボスを見つめ返して答えた。
「僕の目的は――Toy Toy Paradiseの内部にある不正な秘密組織の偵察、及び追跡。そのために、現在御社のL38を奪って逃走中の後藤を追っています」
 少しの沈黙と緊張感。
「へぇ……そうかぁ」
 ボスは驚いて少し間抜けな声を出した。
「まあ、なんとなくそんな感じかとは思っていたけど……実際に聞くと結構深刻な問題だったね」
「まあ、そうですよね」
 ケイは困ったような顔をして笑った。
なんだ……。ケイはまともな任務についていた。もっと怪しくて危険な雰囲気があったのに、今目の前にいるケイがすごく立派な人間に見えてしまう。
「あなたは何でも屋ということでしたが、それはToy Toy Paradiseの依頼で行っている任務なのですか?」
 ハラダが質問すると、ケイは首を振った。
「いえ、これは社長の凛子さんのお手伝いです。個人的な。まあ、報酬はいただきますけど」
「え、えっと……り、凛子さんとはどのようなお知り合いなのでしょうか」
 なぜか気まずそうなハラダに、少しにやりとするケイ。
「ただのお友達です。というか、麻雀仲間。雀荘で知り合いまして」
 トイパラの社長凛子氏が雀荘で仲間を作っていることに驚愕する一ノ瀬だが、ボスやハラダは納得したようだった。
「相変わらずだねぇ、凛子ちゃん。ワイルドでかっこいいよね」
「はあ……」
 ハラダが深い溜息をついた。
「ちなみに後藤がL38を狙って銀次郎君を追っていたのを知って、彼に危害が及ばないよう僕に指示を出したのも凛子さんです。そのために一ノ瀬君に手伝ってもらおうとしたのですが……」
「なぜうちの一ノ瀬を使おうとしたのですか? 騙すようなことをしてまで」
「それはハラダさんにアピールするためです。実際効果はあったと思いますけど?」
「んんん……」
 事情がまったくわからず、一ノ瀬は置いてけぼりになっている。つまりどういうことだ? ケイが凛子氏の指示で、ハラダにアピールするために自分を利用した……? いや、違うか。凛子氏に自分を薦めたのはケイだと言っていた。ケイは、ハラダにアピールするのに「一ノ瀬が利用できる」と思い、凛子氏に薦めた……複雑だなぁ。そもそもなにをアピールしたかったのだろう。ハラダの顔を見ると、非常に渋い顔をしていた。何かをアピールされたんだなぁ……知らんけど。
「理由はどうあれ、うちの銀を守ってくれようとしたのは感謝するよ。まあ、L38は奪われちゃったけど、銀も無事だしね」
「それにしては後手後手で、結局何もできず申し訳なかった。すみません」
「いやいや。君はなんだか気持ちのいい青年だね。僕は気に入ったよ。仲良くしよう。凛子ちゃんのお友達だしね?」
「ありがとうございます」
 笑顔で……というかにやりとしてふたりは握手を交わした。
このふたり、意外と似た者同士かもしれない。
「じゃ、ミクブロとトイパラで協力して捕まえよっか。後藤とL38を」
 いよいよ本格的な任務……というか、そんなことなら警察に頼ればよくない? と一ノ瀬は思ったが、なにかきっと事情があるのだろう。たぶんだけど。



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