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【小説】極秘任務の裏側 第11話

 ちっくしょう。なんでこんな面倒なことに。
時は遡り、昨日昼過ぎのこと。後藤は路地を必死に走っていた。眩しい空を苦々しく睨みながら、走る足がもつれてくる。
そう、この男が現在一ノ瀬たちが追っているL38を盗んだ犯人。陰では薄らハゲなんて言われていたが、こう見てみるとそこまで薄くもない。本人はまだ若いのに薄くなってきたとかなり気にしていたが、周りはそれほど気にしないものだ。そして何度も「知らないおっさん」と裏で連呼されていたが、歳は29、本人は自分のことをまだおっさんだなんて思っていない。つまりどういうことかというと、子供は残酷だってこと。

「待てこら!」
 なぜ彼が必死に走っていたのか。追われている立場なはずだが、彼は必死に追っていた。自由に飛び回るL38を。
実際、L38は逃げているわけではなかった。ただ自由に飛んでいた。しかし後藤としては、自由に飛んでもらっては困る。そのまま逃げられてしまう可能性もあるし、何より目立つ。盗品に目立たれては困るのだ。
「トンデル、ロボきちカッコイイ」
 ビルの隙間を縫って、更に上空へ。幸い人通りがなくて誰にも見つかっていないが、こんなの時間の問題だ。売却のために仲間と連携しなくてはいけないのに。
「カッコイイ?」
 鉄の外階段を駆け上り、息が切れて返事すらできない後藤。
「Say カッコイイ! Say イケメン!」
「か……かこ……っ」
   『ビービービー』
 警報のような音がした。後藤は慌てて周囲を見回したが、警報を鳴らしたのはL38だった。かっこいいと言わない後藤へのブーイングか。
「勘弁してくれ……っ」
 こんなはずじゃなかった。子供が盗んだロボを奪ってこいと言われたから、高級なおもちゃを取り上げたつもりになっていたが、そんな生易しいものではなかった。
「とんでもないもんを拾っちまった……」
「トンデル、ロボきちトンデル」
 ああ、たしかに飛んでいる。とても愉快に飛んでいる。こんなの聞いてないぞ。すごいロボだとかやばいロボだとか、そんな感じにしか話を聞いていなかった。ミクブロの社長が趣味で作ったロボだって聞いたのに、絶対嘘だろ! どんな趣味だよ、ちくしょう!

 息を切らしながら外階段を這うように上りきり、ついに屋上まで来てしまった。
憎々し気に頭上を見上げると、L38は後藤のすぐ上でホバリングをしていた。
「オツカレサマデシタ。ヨクガンバッタネ」
 言い返す気力もない。ふざけやがって。
捕まえようと、ダメもとで手を伸ばす。どうせギリギリで逃げるんだろ?
「あれ?」
 すんなり手の中に戻ってきて拍子抜けする後藤。こいつも疲れた……なんてことはないよな。遊びに飽きたのか? なんにせよ、助かった。もう絶対手放さない。こんな面倒な追いかけっこはこりごりだ。L38の丸っこい胴体を握りしめ、脚のようなものやら何やら飛び出ている部分を傷つけないように、胸元に抱き寄せた。
「ロボきちノ野望、キキタイ?」
「いや、べつに」
 手の中でL38が暴れだした気がして、慌てて抱え直す。
「聞きたい! 聞かせてくれ」
「ドウシヨッカナー」
 この子守りのようなものはいつまで続ければいいんだ。大人しく黙っててくれないかな。いくら高性能だとしても、中身が幼稚過ぎないか? 機能と中身が釣り合ってないだろ。
後藤はL38のご機嫌を取りながら、心の中で延々と憎まれ口を叩いていた。
「ロボきちノスゴサ、モット注目サレテモイイトオモウ」
「たしかに」
 いや、困る。注目されてたまるか。盗品だぞ。面倒なことになったなぁ。
よく考えたら、売却のリスクが高すぎる。誰だ、こんなものを盗んで来いって言ったのは。考えれば考えるほど、このふざけたロボを売却するのは不可能な気がしてきた。とりあえず、仲間に連絡をしないと。さっきから電話が鳴っていたけれど、出ることができなかった。
 右腕にしっかりとL38を抱えて、ズボンのポケットからスマホを取り出す。左手の親指でトントンと器用に連絡先を開いて、仲間に電話をかける。
RRRRRR……すぐに出た。
「後藤、連絡に出ないから逃げたかと思ったぞ」
「そんな馬鹿な。むしろ早く引き取ってくれ。俺の手には負えん」
 正真正銘の本音だ。こんなの抱えてひとりで逃げるわけないだろ。見つかれば捕まるのは自分なのだから。
「そいつはそんなすごいロボなのか?」
「すごいなんて言葉では表せないよ。なんていうか、やばい」
 語彙力を失う。この状況を知らない人に、どう説明すればいいのかわからない。
「ていうか、これを売却する相手はちゃんと押さえてあるんだろうな?」
「まあ、だいたい」
 後藤は相手の返答を聞いて、危機感が足りないと思った。綿密な計画も立てずに、こんな犯罪に手を染めてしまっている。失敗したらどうなるかわかってんのか? ふと、実行犯は自分だけなのだと気づいた瞬間、後藤は嵌められたような気がした。気のせいだよな? 計画を立てたのは自分じゃない。大金を5人で山分けの予定だ。それなりのリスクはしょうがないのだろうけど、自分だけリスクが大きい気がする。
「なあ、本当にこいつは売却できるのか? 目立ちたがりの問題児だぞ? リスクがでかすぎないか?」
「今更日和るなよ。どうにかしてみせるさ。おまえは安心して、そいつを連れてこい」
 信じるしかないか。ここまで来て、どうせ逃げ道などないのだ。
「例の倉庫に5時だ。遅れるなよ」
「了解」
 深い溜息をついて、電話を切った。
「オマエモ大変ダナ」
「まあな……」
 盗品に同情された。
「ロボきちヲ売却デキルトオモッテルノ?」
「んー……正直難しいと思うよ」
「ダヨネェ」
 売却しようとしている盗品に話を聞いてもらっている。なんて状況だ。
「でも、引き返せねぇんだ。おまえには悪いが」
「ベツニ、ロボきちワルクナイケド」
「そうなのか? でも売られるのなんて気分のいいもんじゃねぇだろ」
「モットイイ出会イ、アルカモシレナイシ」
 なんて前向きな奴なんだ。自分はこんな奴を、誰だか知らない相手に大金と引き換えに売り飛ばそうとしている。売り飛ばされた後のことなんて知らない。金が手に入ればいい。後は、国外に逃亡とかして……本当にそれでいいのか? そんなことができるのか? いろんな意味で。自分にできる気がしない。仲間に言われた通り、後藤は日和っていた。
「どうすればいいんだ……」
「人生ノ岐路?」
「おまえ、急に知能が上がったな」
「ロボきち知能サイコーレベル」
「さっきまでかなり低レベルだったぞ」
「相手ニアワセル」
「ふざけんな」
 話しながら、L38に愛着が湧いてきている自分に気づいていた。厄介だ。
屋上のフェンスにもたれながら、小さなロボと会話する後藤。現実逃避を始めて、心はひどく穏やかだった。人生が終わってしまうかもしれない現実が目の前に迫っているというのに。
「おまえはどうしたい?」
「ロボきちガ言ウノモアレダケド、ロボニスル質問デハナイネ」
「たしかに」
 後藤は思わず笑った。どうしちまったんだ。でもさっき野望がどうのとか言っていたし。なんだかこいつといると、妙な生物といる気がしてしまう。そうだ、ロボなんだよなぁ。
「おまえ、ロボきちって名前、誰がつけたんだ? L38って俺は聞いてたけど」
「ギンジロ」
「銀次郎って、あのガキか」
 自分がさっきこいつを取り上げた相手。あいつ、どうしてっかな。生意気なガキだったから、泣いたりしてるとこは想像できないけど。でも、やっぱ悲しいよなぁ。
自分がしたことがとんでもなく大人気ないことだったと反省している。大人気ないとか以前に、そもそも犯罪なのだが、今は倫理とか道徳とか、そんな感じで反省していた。

 夕方5時までまだ時間はある。本当に行くのか? こいつを引き渡しに。まあ、本人? も嫌がってはいなさそうだが。そもそも自分に選択肢はあるのか? 倉庫に行く以外に。
「なあ、おまえがさっき言ってた野望? あれ聞かせてくれよ」
 後藤は会話をして気持ちを紛らわそうとしていた。どうせ自分は組織に従うしかない。余計な事を考える無駄な時間とストレスを省きたい。
「イロンナトコニイッテ、タクサンノ友達、世界中ニツクルノダ」
「世界中に友達かぁ……意外とありがちなかわいい野望だな」
「ソレデ大乱闘ノオ祭リ騒ギ」
「どういうこと?」
 後藤は笑った。笑っている状況に安心していた。
「おまえなら友達できるかもなぁ」
「ダカラドコカニ売リ飛バサレテモ大丈夫」
 後藤は胸の痛みで息が止まるかと思った。
「友達ニナレルヨ、タブン」
「そうだな……」
 そうか? 闇の売買に手を出すような奴だぞ? まあ、自分はそれに加担しているわけだが。それでいいのか?
 先程からずっと自問自答を繰り返している後藤には、既に答えは出ているはずだった。それでも、勇気が足りない。恐ろしい。自分がこれからやろうとしていること。犯罪には手を出したくせに、でもそれはひとりではなかった。今、後藤はひとりで何かをしようとしていた。今よりも危険な立場ってあるか? そもそも、だいぶ前に自分は判断を誤っていたのだ。憧れていたトイパラに入社した時は、あんなに夢があったのに。仕事が思うようにいかなくて自信を無くしかけていた時に、社内で妙な先輩に声をかけられてから、自分の人生が崩れていった。つい最近のことなのに、犯罪に関わる以前の生活がすごく昔のことのように思える。もう取り戻せない。普通でよかったのになぁ。冴えない自分でも、トイパラで働くことができて、誇りを持っていたはずなのに。

「あのガキはおまえの友達か? 銀次郎」
「モチロン」
「俺は?」
「ドウナノ?」
 ロボに質問返しされた。やっぱ変な奴だよな。
「どうなんだろうな」
 ロボとの友情とか、使い古されたアニメや漫画のネタみたいだ。
「いや、友達なわけねぇよな。普通に考えて」
「ナンデ?」
「俺はおまえを盗んで売ろうとしてる悪い人間だ」
「マアネ」
 悪い人間なんだよなぁ。

 ――ここまでの流れで、たぶん後藤はL38を連れて逃亡するのだろうと想像できるだろう。情に流されて、悪人なりに大きな決心をして……っていうパターン。仲間からも追われる覚悟を決めた犯罪者とロボとの友情……みたいな心温まるお話?

 しかし、そう簡単にことは進まない。そんなきれいにまとまってたまるか!
……という言葉は誰の声なのか。



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