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【小説】極秘任務の裏側 第9話

 一ノ瀬は駅前にある親子丼の店へ直行した。初めて本社に来た時から気になっていたのだ。幸い、まだ夕飯時には少し早かったため、並ぶこともなく席につけた。メニューは親子丼以外にも魅力的なものが揃っていたが、目当ては揺るがない。数分も経たず、運ばれてきた親子丼は期待以上のもので、一ノ瀬は心も腹も満たされた。
 会計の前に一口水を飲んでから……と、何気なく店の外に目をやると、忘れられないあのシルエットが。ケイである。今日一日、ずっと頭に居座り続けたあの男。ケイが急ぎ足で店の前を通り過ぎていく。慌てて一ノ瀬は会計を済ませ、店を飛び出した。今一番会いたい男がそこにいる!

「ケイ!」
 驚いた顔をしてケイは振り向いた。ワイヤレスだったから気づかなかったが、誰かと通話中だったようだ。
「ごめん、またかけますね」
 一ノ瀬に聞かせたくなかったのか、それとも通話相手に聞かせたくなかったのか、ケイはすぐに通話を切った。ふわっとあの匂いがする。覚えのある、ケイの匂い。
「今日会うのは三度目かぁ。運命かな、はは」
「そのうちの二回は謎の任務だろ?」
 返事をせずに、ケイは点滅している信号機をちらっと見た。急いでいる様子だったし、おそらくこの信号を渡りたかったのだろう。だが、一ノ瀬は逃がす気はない。今度こそ押さえてやる。
「時間がなさそうなのはわかってるけど、それはお互い様なんだ。限られた時間で、おまえに聞きたいことがたくさんある。つきあってくれるよな?」
「それ、断ってもいいの?」
「だめ」
 とりあえず、一ノ瀬は近くの喫茶店にケイを連れ込むことに成功した。ここなら簡単に逃げられることもなさそうだし、本社から連絡が来たらすぐに戻れる。コーヒーをふたつ注文して、水を一口飲んだ。注文は終えているのに、ケイはまだメニューを眺めていた。
「へぇー、これかわいいね。映えるとかいって人気なんだろうなぁ」
「ケイ、時間があんまりないから単刀直入に聞くけど、おまえのボスは誰なんだ?」
「えっと……なんかキャラ変わった? 強気な一ノ瀬もなかなかいいね」
 褒められた気がして、ちょっと気分がよくなったが、今はそれどころではない。
「でもごめん、ボスは教えられないや。僕も一応プロだから」
「プロの何でも屋だから?」
「えっ」
 ケイの驚きと動揺の表情を堪能したかったが、タイミング悪くコーヒーが運ばれてきた。
今まで散々かき乱されてきたが、やっと優位に立てた気がして、一ノ瀬はゆっくりコーヒーを口に運んだ。ふふふ、驚いてる。ちょっと舌先を火傷したが、平静を装った。

「うん、まあ。普段は何でも屋をやってるよ。よくわかったね」
「普段はって……」
「今やってる任務はまた別件。お手伝い的なね」
「お手伝いと何でも屋、どう違うの?」
「気持ち的な問題かな」
 よくわからないけれど、誰かのために動いているのだろうか。それがケイのボス? たぶんそういうことだろう。
「おまえが誰かの任務のために動くのはまあ、自由だけどさ。なんで俺が巻き込まれたわけ? おまえのボスの指示? ていうかあの偽ハラダがおまえのボス?」
「偽ハラダとか言うけどさぁ、ハラダさんと全然違ったのになんで気づかなかったのか、それが僕は不思議でならないよ」
「え? 本物のハラダさん知ってるの?」
「うん、まあ。知ってるってほどでもないけど」
 この何でも屋、ほんと何者なんだ。ハラダはケイのことを知らないのに、なぜ知っている? 本当にただの何でも屋なのだろうか。いや、そもそも何でも屋ってなんだ? 言い方が違うだけで、やっぱスパイなのでは。
「偽ハラダはうちのボスの部下。だからある意味ポジションも偽ハラダだよね、はは」
 うーん……情報を聞き出せているようで、中身のある情報はまったく聞き出せていないな。これはまずい。
「じゃあ、話戻るけど、なんで俺が巻き込まれたの?」
「それは……」
 ケイは言いにくそうにして、コーヒーを口に運んだ。
「僕が薦めたんだよ。ボスに」
「え? なんで!? ていうかおまえ俺の何を知ってるの?」
「何って……僕は友達だと思ってたけど。まあ、あの程度じゃ知り合いくらいなのかな、君の基準では」
「え……なんかごめん」
 急に罪悪感に襲われた。たぶん本当にケイは自分のことを知っていた。なぜ自分は覚えていないのか。いや、でも……匂いと名前の記憶、接点があったことは間違いないのだ。
「友達だから、薦めてくれたのか?」
「いや、利用できると思って」
 この野郎。少し申し訳なく思った気持ちを返してほしい。
「あーもう! 聞かなきゃいけないことが多すぎてどうすればいいかわかんないよ」
「時間もないし、手短に頼むよ」
 落ち着け。大事なことを逃してはだめだ。もう散々逃げられている。すべてを聞き出すことは恐らく無理だが、大事な何かがあるはずだ。
「ケイ。あの時の任務はL38を手に入れることだったはず。そしてターゲットが銀次郎君だった。で、今は何を追っているんだ?」
「なるほど……答えにくい質問だね」
 ケイは少し目を細めて考えていた。
「たぶん、君たちと同じものを追っている。目的は違うけど」
「つまり、銀次郎君からL38を奪ったおっさんを追っているということ? いや、違うか。L38を追ってるんだよな?」
「んー……まあ、そんな感じ」
 結局どっちなのか誤魔化されたのに、一ノ瀬は気づかなかった。普通に考えてL38だろう。最初からそれがターゲットだったのだから。
「じゃあ、そろそろ行くよ。待たせてるから」
「あ、待って。せめて俺たちがどこで知り合ったのかだけでも教えてくれ」
「あー……」
 ケイはテーブルの上の伝票を手に取り、立ち上がりながら言った。
「一ノ瀬はお酒、飲まない方がいいね。あんなに熱い夜を過ごしたのに」
「えっ」
 慌てて一ノ瀬も立ち上がったが、ケイはスマートに会計を済ませて店を出て行った。
「酒かぁぁ……」
 酒癖が悪いことは自覚している。記憶がないのも、半端に記憶があるのも、酒のせいか……。でも、いつの時だ? さすがに酔う前のことは覚えているし、既に酔っている状態で出会ったということか?
しかし、一度酒を飲んだくらいで、こんなに情報を知られているのはどういうことなのだ。ハラダのことも知っていた。利用できると思ったからと言っていたが、なぜ、なにに利用できると思われたのかも聞くのを忘れた。何でも屋って恐ろしいな……。

 ふらふらと店を出ると、外はだいぶ暗かった。一ノ瀬は今日ほど長い一日を過ごしたことはない。そして恐ろしいことに、その一日はまだ終えていないのだ。
電話が鳴った。ハラダからだ。
「近くにいますね? 本社にお戻りください。お話があります」
 本社は目と鼻の先。一ノ瀬はすぐに戻った。

「データの解析が完了しました」
 社長室にボス、ハラダ、エンヤと銀次郎、そして一ノ瀬が揃った。
「なかなか面白いデータでね。ちょっとびっくりしたよね。どういうことなのかな」
 ボスは紙にまとめられた資料を眺めながら、興味深そうな表情をしていた。
「やはりL38関連のデータだったんですか?」
 一ノ瀬が聞くと、少し間があった。誰もなにも言わないので、一ノ瀬は一同の顔を見回してみたが、エンヤと銀次郎は同じく不思議そうな顔をしていたので、なにも知らないようだ。
「それが……他社の内部での偵察データだったのです」
「スパイ!?」
 もう一ノ瀬の中ではスパイというワードがブームになりつつあった。
「スパイというより、内部に不法行為を働いているものがいるという疑惑があったようで、その疑惑を追究していたデータだったようですね」
「なるほど……?」
 一ノ瀬はよくわかっていなかった。
「それは今回のロボきちさん事件とは関係なかったってことです?」
「んー……どうなのかな。ねぇ? ハラダ」
 ボスはハラダに意見を求めたが、ハラダも悩んでいた。
「無関係ではなさそうなんですよね……。このデータだけでは全貌はわからないので」
「ちなみに他社って、どこか有名なところなんですか?」
「Toy Toy Paradise、といえば一ノ瀬君はわかりますよね?」
「トイパラ!」
 一ノ瀬が去年お祈りメールをもらったおもちゃメーカーだ。たしか女性が社長だったはず。自由な社風で、一ノ瀬の第一志望でもあった。
「それは大事件じゃないですか!」
「まあ、不法行為っていうのもまだ明確にはなっていなくて、あくまでもその調査データだからね。ただ、トイパラ内部に反乱分子の存在はあったようだ」
 不穏な話だが、それとロボきちとはどうも結びつかない。やはりこちらの事件とは無関係なのか?
「トイパラといえば、あれですよね。麻雀の」
「麻雀?」
 またエンヤが意味不明なことを言い出したと思ったら、そうでもないらしい。
「そうですね……Toy Toy Paradiseは麻雀の役のトイトイからきているという噂は有名です。おもちゃメーカーだから当然おもちゃのToyだと思われるのですが」
「なぜそんな噂が……」
「社長が大の麻雀好きだからです」
 なぜかハラダは苦々しい口調で言った。麻雀好き、それでトイトイかぁ。子供たちの夢も希望もない。ふざけた会社だなぁ。
「まあ、そんなことより、問題のL38なんだけど。このデータからだけでは確固たる有力な情報は得られなかったかな」
 たしかに、トイパラの反乱分子の調査データが役に立つとは思えない。
「その反乱分子とやらは、なにが目的で、どういう活動をしていたのですか?」
「簡単に言うと、不正な金儲け、かな」
「えっ! それじゃないですか!」
 思わず一ノ瀬は大きな声で叫んだ。
「売却目的のL38といったら繋がるじゃないですか!」
「一ノ瀬君、鋭いこと言うね。このUSBは情報の一部だから、詳しくはわからないんだけど……もしかしたらその反乱分子の組織が、うちの情報を探ってて、L38に目をつけていた……なんて可能性も、まあ、あるんだよね」
「絶対そうですよ!」
「まあまあまあ。絶対かどうかは、また任務の続きですよね?」
「エンヤ君、また随分と楽しそうですね」
 ハラダが渋い顔をした。
「しかしトイパラとはね……。ねぇ、ハラダ?」
「はぁ……」
 なぜかハラダは気が重そうに深い溜息をついた。
「どちらにせよ、明日にしましょう。今日はひとまず休んでください」
「オレも行くからな! 明日学校休みだし」
「銀次郎君は自宅待機です。お母さまからお話もあるでしょうし」
 お話という名のお説教だろう。まあ、それは仕方ないか。残念だが明日はエンヤとふたりでL38を捜索することになるだろう。

RRRRRRR……もしもし? 凛子さん。
僕のお友達がね、僕のボスを探ってくるんですよ。
もう言っちゃってもいいんじゃないかなって思ったんですけど。
まだいろいろ面倒だし。もう少し誤魔化しときますかね。
ねえ、聞いてます?



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