泥と空白と。

変わらないと思う。全てが。生きてきたことや、感じてきたことはすでに、逃避のために分析され尽くしていて、余暇、惰性の中を漂っているだけだ。  

「都会の中の緑を感じられる小道を抜けていくといいですよ」webサイトに書いてあった文句に惹かれたと言ってもいい。僕は、この泥濘から引き上げてくれる何かを探していたのだ。地下鉄の階段を上り、クリーニング店とコンビニの隙間の100mにも満たない道。そこにはただ、平日の昼間に、石段で首を垂れた浮浪者の臭いと、用済みになって放っていかれたファーストフードの残骸だけだった。木に茂っている緑は、僕の視界に入れるのには高すぎると思った。僕は今から会う人物にも、その場所にも救いがないことを悟ったが、ただ予約を無視するような失礼なやつにはなりたくない自意識で、残りの300mを歩いた。それは思っていたより小さな一軒家で、自宅スペースであろう2階のバルコニーには、白いワンピースが揺れていた。その揺らぎを僕はみていた。

アクリル板越しに彼は僕に幾つかの質問をした。僕は彼を知らず、彼は僕を永遠に理解することはないように思った。彼の前で、僕の内面に近いものを晒すのは、無垢な子供の前で一枚一枚服を剥いでいくような戸惑いだった。彼は僕の渦と混乱を大したことのないことといい、彼は僕に聞いた。 

「治療を受けてどうなりたいの?」 

僕は何も言えなかった。僕は、本当は何になりたいのだろう。沈黙が、リズミカルに続いていたタイピング音を止めた。

「僕は、犬になりたい。誰か一人に絶対的に愛されて、その人の存在で幸せになれて、止めどなく頭で繰り返される思考もなく、そして長く生きすぎることもない、犬に。」

これは家に帰ってから考えたことで、その場では僕はただ「悲しみを楽にしたい」と言った。本心であり、とても浅く、ありふれていると思った。だから僕はありふれた、ラムネのような弱い薬をもらった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?