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夜空を見上げて想う、大切なあの人

20代の後半、さまざまな事情から飲食店の仕事を辞め、ふらふらしていた頃に、友人が取締役を務める会社のお酒の納品先だった、丸の内にある中国料理店の仕事を紹介され、そこで1年ほどアルバイトをしていたことがあります。
高級な店でも、町中華でもない、ちょっと中途半端な立ち位置のお店。
丸の内駅前の、高層ビルの地下街にあることもあり、周辺のサラリーマンが仕事帰りにやってきては、ビールと紹興酒にコース料理で宴会、みたいな雰囲気のお店でした。
台湾人の料理長と、上海人のサブの料理人2人で厨房を切り回していて、それぞれが作る料理のベクトルが全く違っているので、時々喧嘩になったりするのを、ビールサーバーの洗浄なんかしながら見ていました。
飲食店で働く中で、外国人と働いたのはこの店が初めてで、彼らの作るまかないのおいしさに驚いたり、見知らぬ彼の地の料理の話はとても楽しく、参考になるものばかりでした。
鶏の足は中国ではごちそうだよ、上海では全て骨や爪を取り除いたものを型に入れて固めたものが贅沢なんだ、とか、台湾で風邪を引いたときは、烏骨鶏と生姜の鍋を食べるんだ、しっかり栄養つけて温まらないとね、とか、見たことも聞いたこともないような料理の話を聞いては、いつか食べてみたいなと思ったものです。
そのなかでも毎年この時期に思い出すのが月餅の話です。
中華街の近くに住んでいる人なら、よく知っているのではないかと思いますが、中秋節の前になると、街のお菓子屋さんでは「中秋月餅」という、特別な月餅が店先を賑わすようになります。
中秋月餅と普通の月餅の違いは、中に鹹蛋(シェンタン)の黄身が入っているかどうか。
鹹蛋は、アヒルの卵を塩漬けにしたもので、中国の家庭でも作られている料理のひとつ。
ご飯に乗せて食べたり、料理に加えたり、調味料代わりに使うなど、いろいろな使い方をする食材でもあります。
鹹蛋が入った中秋月餅は、秋の風物詩でもあり、中国では古くから食べられている伝統的なお菓子なのだということを、台湾人の料理長が教えてくれました。
料理長の話では、こんな感じです。
「中国では田舎から都会に出稼ぎをしている労働者がたくさんいるでしょう。中秋節は大きなお祭りだけれど、出稼ぎをしている人は春節とかでないとそうそう帰れない。月餅は一家団欒のシンボルで、家族みんなで揃って食べるものなんだ。大きな丸い月餅を切り分けて、家族で食べるのが習わしだけど、それが出来ない人もいる。そういう人は小さな中秋月餅を買って、家族には大きな中秋月餅を買って送って、遠く離れた家族のことを想いながら、月を眺めて元気かなって想いながら食べるんだよ。」
初めてその話を聞いたとき、なんて心温まる麗しい習わしなんだろうと思いました。
愛する家族を想って離れ離れに暮らす人々が、同じ月を眺めながら、同じ月餅を食べる。
たとえ空が曇っていたとしても、月餅の中の鹹蛋は黄金色に輝いているんですものね。
その話を聞いて、駆け出しのライターだった私は、当時出入りしていたフード関連雑誌の編集部に企画を持ち込み、月餅と中国茶の特集を書かせてもらいました。
特別な月餅を食べる日、選ぶお茶はどんなものかな、とか想像しつつ、工芸茶なんかも紹介したりして。
なんだか懐かしいです。
撮影で使った特大の月餅は、直径が20センチはあろうかというもの。
普通は放射状にカットして盛り付けるところを、わかりやすいように水平に2つに切って、中身を見せるようにして撮影しました。
真ん中に大きな鹹蛋の黄身がひとつ。
本当に夜空に輝くまん丸い月のようで、とても潔い感じがしたのを覚えています。
それからというもの、中秋の名月の話がテレビやラジオから流れてくると、中秋月餅のことと、それを教えてくれた台湾人の料理長のことを思い出すようになりました。
中秋月餅自体は今ではオンラインショップでも購入できるお店があるけれど、時期を意識しておかないと、ニュースが流れてきた頃には売り切れてしまっているし、中華街にいかないと買えなかったりもするので、実際に手にすることは少ないのが寂しいところ。
今年もうっかりして忘れていて、オンラインショップを見てみたら売り切れていて、あー、やってしまった、とさっき思ったところです。
それと、月餅にはもうひとつ思い出があって。
亡くなった伯母が月餅が大好きで、中華街に行くと、重慶飯店あたりで小ぶりのものをいくつか見繕って、いつもお土産にしていたのです。
そんなこともあって、今でも横浜に遊びに行くと、月餅を買って実家に送って、仏前に供えてもらっています。
母は月餅、あんまり好きじゃなかったような記憶があるので、マンゴープリンや杏仁豆腐と一緒に詰め合わせて。
中秋月餅のことを教えてくれた、その台湾人の料理長は、日の出町の川沿いでやっていた店を閉めてしまったようで、その後どうしているか、今はもうわかりません。台湾に帰ってしまったのかなあ。
一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりしたので、ちょっと寂しいけれど、きっと中秋節には家族みんなで笑って、月餅を囲んでいるだろうなって、思ったりするのです。
中秋節を、大切な家族や友達のことを想う日として覚えておけたら、ちょっと素敵ですよね。
今年も中秋月餅、手に入らなかったけど、家族のことを思いつつ過ごしたいなと思います。

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