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自閉症アーティストの創作表現が"半端ない"理由を考察する。

「自閉症」×「アート」みなさん、どのようなイメージがあるでしょうか?

24時間テレビ、チャリティー、募金、感動、純真、優しい、等々・・・知的障害のある方が描く創作活動の魅力が、福祉的な要素に未だ侵食されている事実、そして「ソーシャルグッド」という言葉一つでよしとされている雰囲気に対して、いつも悔しいなあと思っています。

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福祉施設から生まれる創作活動を愛する一人の人間として、福祉領域の拡張をテーマに、さまざまな事業を展開する株式会社ヘラルボニーの代表として、なぜ、自閉症(併発症を伴う自閉傾向の強いダウン症等も含む)のある方が描きだす創作表現の世界が半端じゃないのか?なぜ、そう思うのか?について、自分なりの考察を述べたいと思います。

#福祉 #アート #モノづくり #PR #SDGs #CSV 、などなど・・・少しでも興味の領域が近い方は、ぜひご一読いただけますと嬉しいです。

よく聞くのだけど、そもそも「自閉症」って、なに?

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実は、私の4つ上の兄・翔太も「自閉症」という先天性の障害と共にこの世に生を受けました。岩手県出身、男3人兄弟(双子+兄)です。27年間もの間、兄との時間を過ごしていると、周囲から他愛もないたくさんの質問を受け、認識のズレを感じることが多々あります。

喋らないの?笑わないの?聞いてないの?・・いやいや、喋っているし、笑っているし、もちろん聞いてもいるんです。

しかしなぜ、こんなにも"ズレ"が生じてしまうのでしょう。

自閉症とは一般的に先天性の疾患であると言われており、対人関係が苦手・強いこだわりといった特徴がある発達障害の一つです。

「対人関係」そして「こだわり」の特性がきわめて強い状態だけでなく、これらの特性が少しでもあることによって生活に支障をきたし、福祉的・医療的サポートが必要な状態まで幅広く含まれます。

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大きなトラウマなどが原因で自分の殻に閉じこもってしまい、上手くコミュニケーションがとれなくなってしまう病気であると誤った認識をされている方も多いですが、後天性は一切無く、生後に発病する心の病気ではありません。

自閉症は生まれつきの脳障害であり、特徴も、めちゃめちゃめちゃめちゃ、もうとんでもないほどにグラデーションです。
※自閉症は生まれつきの脳機能の異常によるものと考えられています。

これまでの多くの研究から親の育て方やしつけ方などが原因ではないことがわかっています。

それは、知的に遅れのある人から、遅れのない人、対人関係が苦手な人から、そこまで苦手ではない人(IQ指数の高い人は、高機能自閉症と呼ばれます)まで・・・ほんとうに多種多様ということです。

つまり、自閉症とは、知的に遅れのあることを指す言葉ではなく、対人関係、そして、こだわりの特性等が極めて強い本人の「特徴」を指すことだと、私は解釈しています。

空間を"構造化・見える化"することが、こだわりを生かした「ルーティーン」を生み出す

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自閉症の兄・翔太のスケジュール帳

自閉スペクトラム症の特徴として、「いつから」「いつまで」「どこで」「なにを」「どのように」するのかの見通しが立たないと不安を感じます。

構造化とは、「情報」を写真、イラスト、文字、色分けなどを使って「見える化」することで理解を助けて混乱を防ぎ、落ち着いて生活や仕事に取り組めるようにするための環境調整の一つです。

我が家も、母の徹底的な空間を構造化する努力により、無数の張り紙や付箋が用意されています。結果、兄の生活は構造化され、彼ならではの「こだわり」が存分に詰まった毎日のルーティーンが生まれているのです。

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さて、どんな生活なのか。兄は20年間以上、日曜日の12時には「ラーメン(それも「花月」でなくてはいけないルール)」を食べる、日曜日の18時には「ちびまる子ちゃん」を観る、土曜日の夜に放送されていた「ブロードキャスター」という番組が打ち切りになった時は、家族会議を開くほどにブチ切れ、発狂していました。曜日ごとに自らを纏うドレスコードまで決まっているのです。

つまり、自閉症の特徴である「強烈なこだわり」が兄のアイデンティティであり、その「強烈なこだわり」を構造化してあげることで、曜日毎のルーティーンが生み出されているのです。

尋常ではないこだわりが生み出す“ルーティーン”がアート作品を支える大きな鍵となる

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この、尋常ではない「強烈なこだわり」が生み出す“ルーティーン”が大きな鍵であるというのが私個人の見解です。

繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、そうです、「繰り返し=ルーティーン」が大きな特徴であると思っています

・同じ動きを繰り返す。
・決まった手順でしか、やれない。
・一つのことに注目すると、他のことに注目し直せなくなる。

こだわりのスイッチが「ON」となると、なかなかそこから離れられなくなります。しかし、本特徴も実は一長一短。創作の上では、同じ作業を安定して続けられるという強みに変化しています。

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つまり、「こだわり」により生活に支障をきたし、福祉的・医療的サポートが必要な状態だとしても、「こだわり」により、彼等にしか描けない世界観を打ち出しているのです。

ある一つの事柄がルール化(こだわり)することにより、他のことに気持ちが切り替えにくくなるという特徴が、アート作品を描く上での絵筆になっているのです。

自閉症の傾向を理解すると、アート鑑賞が100倍たのしくなる。

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前述した通り、自閉症やダウン症などの障害の特徴でもある「こだわり」や「脅威的な集中力」が、アートの表現において発揮されるとき、作品の鮮やかな魅力を支える柱になるのだと心でストンと腹落ちしてからというもの・・・アート鑑賞が何倍もたのしくなりました。

そして、心の底から、半端じゃないと、思ったのです。チャリティー要素は、皆無です。

だからこそ私たちは、「知的障害」という言葉を、あえてそのまま使用しながら、彼等にしか描き出せない、彼等にしか創造できない、強烈なアイデンティティが投影されたアート作品を社会に向けてプレゼンテーションしようと決めたのです。

人に披露してはじめて、才能は才能になる。

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株式会社ヘラルボニーでは、知的障害のあるアーティストの作品を、企業のオフィスのファブリック、掲示物として、SDGs、CSRの媒体として活用していただいたり、建設現場の仮囲いとして設置したりと、幅広い展開を行なっています。

それは、才能というものは、人に披露してはじめて、才能になると信じているから。

知的障害のある方々が作りだす創作表現は、アール・ブリュット、アウトサイダーアート、エイブルアート等々、様々なしがらみ、政治的活動もありながら、多くのカテゴライズが存在します。そして、彼等の創作活動を何と表現するべきなのか?福祉業界内でのみ、多くの議論が巻き起こっているのです。

私は正直に申し上げますと、「呼称・枠組」に固執しない人間です。

どのような観点から定義するべきか、アート作品のカテゴライズを議論することに時間を費やすより、リスペストすべき独創的な創作の数々が福祉の世界で眠っていることの方が、遥かに勿体ない。見せないと、そして、伝えないと。

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渡邉 行夫「記載無(通称|りんご)」× 「北松メリヤス」ソックス

しかし、アート、福祉、には「私には関係ないかも」と思わせるボーダーがある。どうすれば、そんなボーダーを、厚かましくなく、軽やかに超えられるのだろう。表現方法を模索し続けていきたい。悩み続けるその先に未来があることを信じています。

「才能は、披露してはじめて、才能になる」


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