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あるシングルファーザーと料理について

家に帰ると「おかえりきょうのごはんなに?」と聞かれる。「おかえり」と「きょうのごはん」の間にひと呼吸の間もない。完全にセットになっているのだ。これが毎日繰り返される。育ち盛りの子どもたち。脳内の80パーセントくらいは食べることで占められていそうだ。激しいときには、晩ごはんを食べ終わった瞬間に「明日の晩ごはんなに?」と聞かれることさえある。僕のほうはというと、毎日午後になると今夜はなにをつくろうかと悩みはじめる。お昼を食べ過ぎて満腹の状態で夕飯のメニューを考えなければならなかったりもする。まあこれはシングルファーザーだからということはなくて、日々の料理を担当する親であればみんな同じ状況なのだろう。

ただ僕の場合は問題がある。それは料理が得意ではないということだ。ほぼ毎日夕飯をつくり続けること5年。最初の1年はふたり分の保育園のお弁当もつくっていた。手際はかなりよくなった。三姉妹がお風呂に入っている間に食事の準備を終えることができる。けれどもレパートリーが増えない。手持ちの武器だけでなんとかサバイバルをしてきた状態。やればできるという漠然とした自信はあるのだけど、いかんせん取っかかりが難しい。なにからはじめたらいいのか。自転車に乗るのに似ているのかもしれない。こぎはじめが一番力を使うし難しい。実家暮らしで料理をせずに過ごし、結婚してからは専業主婦だった妻にまかせっきりだった。逆に言えば、これまでなにもしてこなかったのに、必要に迫られればサバイバルはできるのだなと感心する。

やる気は大いにあって、2年前から「今年は料理をがんばる」という目標を立てている。目標を立てるのが嫌いな、そしてがんばらずに生きていきたい僕が、がんばるという目標を立てるというのはかなり特殊なことだ。しかし、時間がないことを言い訳にしてしまう。夕方。仕事人ならば仕事をしている時間と、主婦(主夫)であれば家事や子どもの世話をする時間、そのちょうど重複するこの時間になにかしらチャレンジをする余裕はない。もちろんやる気はあるので、何冊か本を購入した。料理の基礎の基礎から説明している本から時短料理の実践の本まで。それからモチベーションを上げるためにシングルファーザーの料理を追いかける。ミュージシャンの渡辺俊美が息子の高校3年間に毎日つくり続けたお弁当。作家の辻仁成が息子のために毎日つくり続けた料理。どう考えても自分より忙しい彼らを見て自分を奮い立たせる日々。

クックパッドのレシピをながめるのだけれど、家に調味料がない時点で心が折れる。結局、調味料がまとめられているクックドゥーに頼ってしまう。クックパッドよりもクックドゥー。食材を多めにして薄味になるように気をつけてはいるけれど。餃子もハンバーグも焼くだけ。食材を切って圧力鍋で加熱するというプロセスで、最後にカレーとシチューと豚汁用の味噌のどれを入れるかでつくり分ける。これでレパートリーの水増しをする。食材を切ることと加熱すること以外のことができないのだ。下ごしらえをするとか、じっくり煮込むとか、時間がかかることはシングルファーザーには物理的に難しい。いや、シングルマザーはできているのだから、できなくはないのか。言い訳ばかりの自分が嫌になる。

僕の他の文章と比べてもらうと、料理に関してだけ違うことを言っていることがわかると思う。苦手、目標を立てる、がんばる、モチベーションを上げる、自分を責める、という具合に自分らしくない言葉がならぶ。子どもたちに1℃でも温かいものを食べさせるというのも、こだわりのない僕の唯一のこだわりだ。なにしろ「食」が一番大切だと考えている。子どもたちの成長は待ってくれない。僕の唯一の焦りでもある。温かくておいしいごはんを出すことが、最高の愛情表現だという気がしている。「がんばるという思考停止」に陥らないように、具体的なアクションを考えなければ。今夜は煮物にチャレンジしてみようか。実は煮物はとてもかんたんらしい。こぎ出さないからいつまでも自転車に乗れないのだ。まずはなにも考えずにはじめること。いつもの感じでお願いします、自分。

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