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エゴンシーレ展ー不滅の才能ー

上野にて開催中のエゴン・シーレ展へ行ってきました。

なんと、日本で30年ぶりのシーレ展だそうです❗️

シーレといえば自画像。ビシイ❗️いいこと言うね〜でもチャラってます。

展覧会は、シーレ作品のほかに、クリムトやウィーン分離派の絵も飾られていました。

ウィーン分離派って何❓

ってわたしも思ったのですが、

保守的でアカデミックを重視する当時のウィーンの美術界に嫌気が刺したクリムトが中心となって始めた新進芸術家グループだそうです。(by Wiki)

そこに天才児のシーレも師匠クリムトにつく形で関係していました。
まだ16、17歳だったというのだからその早熟たるや恐ろしいものです。

この展覧会のポイントは

🌟シーレの代表作、「ほおずきの実がある自画像」や
ほか有名作品がきていること
🌟クリムト、ウィーン分離派の画家たちの作品もきていること
🌟シーレといえばエロ❗️裸体ドローイングが展示

ざっくりとこの三つかと思います😊


wikiより。

やっぱりこの自画像は強烈な存在感でした。
小さな板でガッシュと油絵で描かれているのですが、
わたしはあまりナルシズムは感じなくてレオナルド藤田の描いた乳白色をみたときのような「新しさ」を感じました。

シーレの絵はクラシックではなく、ロックが似合う絵だと思います。

あー、もう生きている間に生で拝めないかもなあ〜と思うと、もっともっとみていたい気持ちになりました。

また、個人的に、ウィーン分離派をクリムトと共に牽引したカール・モルの木版画がよかったです。

北国ならではの陰鬱な空気感が伝わってきてたまりません。⬇️


ポストカード買いました。


多くのウィーン分離派の中でも、シーレの才能は際立っていました。

まだ10代のシーレが
「僕には才能がありますか❓」
とたずねたとき、クリムトはいいました。

「あるかだって❓それどころかありすぎる❗️」

28歳も下の天才にクリムトは敬意を示し、あらゆる面でシーレを援助し友情は続きました。
クリムト。。。ええ人やん。。。印象派でいうピサロみたい。。。

実際シーレはずば抜けて絵の才能がありました。
もともと抜群に絵が上手い画家っていますよね。
ジョン・エヴァレット・ミレーや、ピカソとか。。。同業者が影響を受けたり「マジかなわん」と思ってしまうほどの絵の天才。
シーレも同じ類の人だったのだと思います。


シーレ17歳の作。wikiより。


17歳でこの技術レベル。。。シーレの叔父の肖像。


シーレといえば、当時も物議を醸した裸体デッサン。

展覧会の一つの注目である裸婦像コーナーがありました。

そこだけ仄暗く、ちょっとエロチシズムを感じる空間でした。
思ったより絵は少なかったかな。
もう少し多くのドローイングを見たかったです。

「頭を下げてひざまづく女性」



こちらは東京都美術館のミュージアムショップにて購入したグリーティングカード。こんなん贈りにくいけれど、綺麗なヌードだと思う。(こちらは展示されていません)



展覧会では、一会場だけ写真撮影がOKの場所がありました。
シーレが描いた風景画のコーナーです。

風景画も描いてたんだな、と意外でした。

「吹き荒れる風の中の秋の木(冬の木)」

あ、これは木なんだ、心象風景かと思った。。。
と思うくらい、風景を描いてもシーレの絵になっている。

「ドナウ河畔の街シュタイン Ⅱ」
「小さな街 III」
「クルマウの家並み」
「丘の前の家と壁」
「モルダウ河畔のクルマウ」


山田五郎氏から「幸福だったチャラ男」という言葉で表されたシーレの短い人生。


シーレは第一次世界大戦に従軍し、スケッチもおさめています。
展覧会には「荷造り部屋」が展示されていました。

ワインが多い🤣


軍の理解のお陰で前線勤務は逃れることができ、捕虜収容所の看守として戦時中を過ごしました。

「従軍中のスケッチ」こちらはきていませんでした。wikiより。


また、シーレを語るには欠かせない女性の存在があります。

ヴァリ。
裸体モデルをつとめながら、シーレを献身的に支えた方です。

艱難辛苦を共にし、同棲をしていたにも関わらず、シーレは中産階級のエーディトという女性と結婚してしまう❗️

さすが天才😇
「なんでこうなるん❓」的な行動をとりまくりますね。

エーディトと結婚生活を送りながらヴァリとも関係を続けたいと、バカンスは行こうね、みたいな提案をするのですが。。。。

アホちゃうか💢


と当然ヴァリはシーレの元を去り、従軍看護師として働くことを決めたのでした。(従軍中1917年に猩紅熱にかかり死亡)


ヴァリを描いた「悲しみの女」


自分が傷つけた恋人がかなしむ様子を描くって。。。
どういう神経してんのか凡人のわたしにははかり兼ねますが、
作品と人間性は別、と言うことで鑑賞。
描き残したから、傑作が今でも観れるわけで。。。

バックにチラリと見えるシーレの狡猾な表情を描いたことがせめてもの贖罪なのでしょうか。

ピカソも確か、愛人のドラ・マールを「泣く女」として描いていたなあ。。。😇😇


その通りになったね、と言うしかほかに答えようがないシーレ最後の言葉。


シーレはスペイン風邪で1918年に亡くなります。
28歳。
その3日前に、妻が子供を身籠ったままスペイン風邪で亡くなっていたのでした。


図録も迫力❗️3500円。


天性のチャラ男としてあまたの女性と関係を持ったシーレ。
そんなアバンギャルドなバックグラウンドを知らずしてみても、
強烈なインプレッションを与える画家であることは言うまでもありません。

細い神経を描いているような病的な雰囲気を漂わせ、天才的なドローイングは今後も多くの鑑賞者を魅了することでしょう。

満足して会場を後にしました。

4月9日まで上野の東京都美術館にて開催中です。