見出し画像

甘さと、/ショートショート

今日は、白が飲みたい気分だ。
白なんて、滅多に飲まないけれど
今日はサラッと、飲みたい気分。
あえて甘めのチョイスで。
久しぶりに、あのお店のタルトも買おう。
チーズタルトと、フルーツタルト。
見損ねたあの映画、今日が配信日だったな。
先月買った、王道といえる形のパジャマも下そう。
優しく洗って、お気に入りのハンガーに掛けてある。

そうやって、夜の時間を、楽しみで埋めつくす。
わたしはまだ、週末の夜に慣れていないから。


半乾きの髪を放置して、ラベンダーの微かに香る
コットンのパジャマに包まれながら
穏やかな照明の燈る部屋、
ベッドの上に倒れこんだ。
楽しむ用意は整っていて、
お気に入りのワイングラスも、
甘い香りを待っているみたいに
揺れる光を反射させている。

そのグラスの奥に広がる景色は、
さっきまでわたしがいた空間なのに
ふわふわと揺れながら、時空を歪ませて
こちらとは別の世界の様に見える。
あれ、
ふわふわと、茶色い髪が揺れるのが見えて
目を凝らしてみたら、あなたがいた。
シャープな顎のラインが、光の反射と重なる。
ねぇ、笑ってるの?
こんなわたしを、一人ぼっちにして。
週末の夜の時間を、どうしていいか分からないわたしを。
贅沢をすることでしか、この空白を埋められないわたしを。


あれは、わたしの勘違いなのではないかと、
何度もゆっくり思い返してみるけれど
どう視点を変えてみたって、
いつも同じ答えしか出てこない。
間違ってるよって、聞こえる気がして
騙されたねって、笑われた気がして。
その瞬間、急激に孤独に襲われる。
やっぱり、これが現実なんだよって、
また言われている気がした。


封を開けられるのを待っているかのように
ふと視線に入ったワインボトルに、
それを注がれるのを待つグラス、
徐々に温かさを蓄えるタルトたちが、
わたしを現実に戻してくれた。

あの人は、そうやってふと現れて
わたしに幸せと恐怖を与えにくる。
悲しい幸せと、寂しい恐怖。


今日は、このまま寝てしまおうか。
触れられるのを待つタブレットを、
片手で掴んでサイドテーブルへ。
ローテーブルの上の贅沢たちは、
触れる気にならなくて。
でも、またあの人が現れそうで。

わたしの傍から、離れたくせに。
もう、わたしに触れられないくせに。
早く解放してよと、思わず声に出した時
本当は思ってないくせに。
あの人の声が、耳元で
あの人の手が、わたしの頭を
あの人の髪が、わたしの腕に触れた。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?