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待つということ

ーーそういえば、あの人は昨日も同じ場所にいたなあ。

駅の傍に佇む、散りかけの桜。その下に立つ白いワンピースを着た女性を見て、私は思い出した。清らな印象を与える装いが、印象的だったから覚えていたのかもしれない。
ぼーっと眺めていると、視線に気づいた女の人が私に微笑みかける。

「学校の帰り?」

問いかけに答えようと口を開いたが、なんだか気恥ずかしくて声が出ない。慌てて、頷いてみせる。
女性は柔和な口調で、当たり障りのない言葉を続けた。天気の話だとか、桜の見頃を過ぎてしまって残念だとか……。
もしかしたら、女の人には私の心の内が伝わっていたのかもしれない。

ーーあなたは、どうしてここにいるの?

「私はね、ここであの人が帰ってくるのを待ってるの。ほら、この駅には汽車がやって来るでしょう?」

胸の奥でつかえていた疑問を、そっとすくい上げると彼女は笑った。儚い、桜のような笑みだった。

「“待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね”……」

桜がすべて散った頃、私はまた駅前に向かう。件の女の人は“駅には汽車がやって来る”と言っていたけど、ここに停まるのは各駅停車の電車だけだ。
あの木の下には、綺麗なままのワンピースが置いてあった。待つということは、「祈り」のような行為なのだと私は思う。

シナリオライターの花見田ひかるです。主に自作小説を綴ります。サポートしていただけると嬉しいです!