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短編小説 | 水鳥

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「そんなこと(も分からないのか。子供の落書きじゃないんだ。リアリティとイメージが交錯して作品が出来上がる。それが分からないなら、お前が口を出す資格なんて)、ないよ」
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短編小説 | 水鳥 #4

短編小説 | 水鳥 #4

「はたしてぼくらは、見られていないと存在しないの。」

その声が小さく通り、エイジはさっと隣を見た。イズミのハンチング帽にだけ、光の境目、その線が降りている。羽冠のように。

「えっ」

「あなたが見ていないものは、視線を外せば靄のように消えてなくなってしまうの。じゃああなたは、誰かに見られていないと消えてしまうの。」

何かの詩かとも思った。それほど流暢に聞こえた。エイジは陰るままのイズミの横顔

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短編小説 | 水鳥 #3

短編小説 | 水鳥 #3

 その日は気が散ってうまく撮影にならなかった。そんな焦りを察してか、鳥も思うように近づいてこない。ただファインダーを覗いて、それだけの時間が続いた。会話はなく、何を話していいかも分からない。

 青く光る鳥が何という鳥であるのか。エイジはろくに調べなかった。それが想像の鳥であると分かっていたし、しかし想像だとしても鳥であるから、描くためには鳥というものの息遣い、動き、形を肌で、その目で捉える必要が

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短編小説 | 水鳥 #2

短編小説 | 水鳥 #2

 秋口に、エイジはこの自然公園でイズミと出会った。

 大きな池を中心にぐるりと周回する歩道があり、都会にあってもうまく自然を作り出している。その歩道を囲む森林にも、水鳥の他に野鳥が生息している。カワセミ、ヒヨドリ、メジロ、コゲラ、ヤマガラ、ルリビタキ。訪れるごとに、自然は人工物の中にも、巧妙に馴染んで生きるのだなと思うものだった。

 エイジは来夏のコンクールに向け、制作資料を集めているところだ

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短編小説 | 水鳥 #1

短編小説 | 水鳥 #1

 夕暮れの鉄橋を電車が走り抜けていく。

 落陽は西空から車両の脇腹を照らし、銀の車体や薄緑の橋の支柱、そして河川の水面なども所々白く瞬いていた。

 その斜光は車窓からも入り、乗客の顔や胸を一様に杏色へと変えていた。ただ、年末のことであるから車内の様子は普段と異なり、学生などのにぎやかな声はない。座席に沈む人々は木々に休む鳥のように皆並んでくつろぎ、たそがれの安らかなひと時を思い思いに過ごしてい

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