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物するマガジン

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記事一覧

#0205300

#0205300

乗客たちは、その夜、不機嫌だった。人身事故の影響で、電車がひどく遅れていた。深夜にもかかわらずホームは、人であふれ、皆、イライラを隠さなかった。

「折角、気持ちよく飲んだ帰りなのに」、「何十分も足止めを食らって」、「明日もまた仕事なのに」、「どうせどこかの酔っ払いの不注意だろう」。

不満渦巻く車内においてもホームにおいても、しかし、事故の犠牲となった「どこかの酔っ払い」に思いを馳せる人は、いな

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#2405162

#2405162

Hくんへ。

連休は、ちゃんと休めたかな?新しい仕事、新しい人間関係、新しい環境で緊張していたと思うんで、少しは肩の力が抜けていればよいのだけれど。

すごくエネルギーを使った1か月間だったと思います。少しずつ慣れて張り切っている頃かな、それともまだなじめず不安な頃かな、と勝手に心配しています。

連休前と同じペースで頑張ろうとして辛くなる人もいます。この1か月頑張った自分を褒めてあげつつ、もう1

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#2404235

#2404235

断捨離の最中に懐かしい文庫本がひょっこり顔を出し、Fさんは、作業の手を止めた。緑色の付箋がニョキニョキ顔を出し、古びた野菜のように変色している。

ページをめくる。これでもかというくらい赤線が引かれ、書込みまでしてある。自分を揺さぶった大切な言葉たちのはずなのに、今となっては響いてこない。

「何にそんなに心を動かされていたのかなぁ」。今とは比べ物にならないほどピュアで貪欲だった頃の自分がケナゲで

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#2404127

#2404127

Hくんへ

私たちは、自分の呼吸を意識しませんが、三木成夫は、「真剣に打ち込んでいるような時は、まず間違いなく呼吸の方はお留守になっている」といいます。

呼吸がお留守になれば、酸欠で疲れが増し、ミスが起きます。では、どうすれば自然な呼吸を取り戻せるか。彼は、「仕事唄」にヒントがある、と説きました。

確かに稲刈り唄や木こり唄を歌いながら自然に呼吸をすれば、緊張が解け、集中力が持続します。呼吸と作

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#2404037

#2404037

「こんにちは。×月×日現在、桜前線は、東北南部を北上しており、明日には東北北部まで到達する見込みです。私も明日は、山形を目指します。

桜前線が北上する速度は時速1キロに満たず、人の歩みくらいの速さだと、昔、誰かに聞きました。そのことを思い出し、桜前線を追い掛け旅しています。

旅の計画は、綿密に立てましたが、桜の精は、ニンゲンの思いどおりには動いてくれず、右往左往し、時に足止めを食らいながらここ

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#1304309

#1304309

Yへ

駅前のATMで、何度も1万円札を引き出している。何度やってみても、なかなかピン札が出てこない。Yたちへの祝儀袋に入れるお札が。不意に笑えてきた。

あれ程イベントを嫌うYが、私たちを招いて結婚式を、そして披露宴までを挙げるなんて。そして、これ程グループ行動を嫌う私が、そこに列席するなんて。

お互い、キャラじゃない1日になりそうだけど、そんな日もいいよね。何より主役の2人が思いっ切り楽しん

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#0202015

#0202015

やりたい仕事は、やる。でも、責任が押っかぶりそうになると、さっと逃げ出す。あの人の嗅覚は、鋭い。処世術としてそれは、天賦の才能だ。

けど、先輩としては、サイテーだ。先輩の尻拭いを後輩にさせるなっつうの。
ギスギスした空気を察して、上司は、「楽しく仕事をしよう」と取り成す。

楽しい仕事だけを選り好みする先輩がいて、そのシワ寄せを受ける後輩がいて、そのシワを伸ばしもせずに、シワの上からアイロンを押

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#2403047

#2403047

「ささくれができると、四六時中その部分が気になります。いっそのこと無理やりはがしてしまいたくなりますが、それは絶対にNGです」。

皮膚科のサイトを覗きながら、それでも彼女は、指先の小さなトゲをいじくり回してしまう。その警告を無視してそれをつまんで、剥いでしまう。

分かってる。無理やり引き剥がせば、傷口を広げてもっと深い痛みを味わうことになる。その痛みは、もう何度も経験した。

小さなトゲは、人

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#1903151

#1903151

T課長

T課長との思い出をたどれば、住民説明会に行き着きます。W小学校の会議室で。Eセンターの集会室で。いつも誰かに怒られて、時時、泣かれて。

でも、いつも一緒に悩んでくれるT課長がいて、いつも一緒に怒ってくれるT課長がいて、いつも一緒に落ち込んだり、愚痴ってくれるT課長がいて。

いつも誰かに怒られたり、時時、泣かれて、そんな仕事でも、いつも一緒に面白がってくれるT課長がいたから、なんとか頑

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#1902080

#1902080

弟に教わった呪文をど忘れして、アリ・ババの兄は、洞窟に閉じ込められてしまう。「開け、大麦」、「開け、小麦」、「開け、エンドウ豆」、どれも違う…。

午後休を取って、心療内科にいる。問診票には、「集中できない、もの忘れ、頭重感」と書いておいた。念のため、とMRIを浴び、その後に認知テスト。

老いた医師は、引き出しからスプーン、歯ブラシ、時計と鍵を取り出し、また仕舞う。「何がありましたか?」と問われ

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#1712108

#1712108

うつむいて考えている振りをしながら、Hさんは、週末の予定のこと等、気を散らしている。他のみんなは、どうなのかしら。円卓を見回す。

会議とは、いや、世界とは、実際こうやって義務に駆られて参加して、その実、皆、心ここにあらず。そうやって不幸な時間を共有してるものじゃないかしら。

「お前らがブレーキを掛けるから、物事が前に進まない。あれこれ言い訳ばっかりして」。アクセルを踏め、と円卓の向こうでシャチ

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#1301078

#1301078

A様

初夢の中で、私は、身体にも気持ちにも少しも故障がなくて、だから夢の中の私は、それが夢だと気付いてしまいました。

気付きながら、夢が覚めないようにと祈っていました。けれど夢は覚めてしまって、その途端、いつもながらの私がそこにいました。そんな年明けでした。

一茶の句「目出度さもちう位也おらが春」の「ちう位」とは、文字どおり「中位」だという説と、「いい加減」という意味の方言だという説が2つあ

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