皮膜

今あった話、昔あった話や、今も昔もなかった話。

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1,000記事目

1,000記事目の節目に際して、999の記事を掘り返します。これまでみんなのフォトギャラリーから画像をお借りした皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。 【執する記事】 【物する記事】 【興ずる記事】 【旅する記事】 【抄する記事】 【糊する記事】 【着する記事】 【1記事〜900記事】

    • キラキラした日常

      キラキラした日常、美しい景色、魅力的な人物像…。SNSには完璧に盛られて映える写真が並び、付けられた「いいね」が投稿主の承認欲求を満たします。 「でも、虚飾と現実のギャップに悩み、ありのままの自分を受け入れてほしいと望む人たちが選ぶのが、BeRealというアプリなんだ」とYが解説してくれます。 「アプリから不定期に届く通知から2分以内に写真を撮って投稿する必要があるんで、加工の暇がなくて、その瞬間のありのままの自分を共有せざるを得ない。 この制限が逆に新鮮さを生み出すん

      • 隠岐へ向かう

        隠岐へ向かうフェリーに乗り込んだ乗客たちは、さっさと床に寝そべって眠ってしまい、旅人である私たちは、「なんてグウタラな人たちか」と憤慨しました。 でも、強風と高波にあおられてやがてフェリーは激しく揺れ始め、私たちも彼等を見倣って寝そべりました。寝そべりながら、ある歌のことを思っていました。 それは、天皇の怒りに触れて隠岐へ流刑される男が京の都の人人に送った歌です。遠く離れた孤島へ渡っていく心細さと孤独を、彼は、釣り舟に託しました。 荒れ狂う海を前に、その小さな釣り舟は、

        • 今年の10本目

          今年の10本目、映画 ◯月◯日、区長になる女。、観ました。 何十万という人が暮らす町に暮らす人は、得てして自分には何十万分の1の存在意義しか感じられません。何をいっても、何をしても、世の中は、変わらない。 そう諦め顔で暮らしています。この映画は、そんな私たちに少しの希望を与えてくれました。地方政治は、私たちの声がより届きやすい場のはずである、と。 でも、そんな興奮もやがて冷め、旧態を批判して当選した彼女も旧態側に転じます。彼女のことを疎ましく思う人たちは、手ぐすね引いて

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        記事

          #2404235

          断捨離の最中に懐かしい文庫本がひょっこり顔を出し、Fさんは、作業の手を止めた。緑色の付箋がニョキニョキ顔を出し、古びた野菜のように変色している。 ページをめくる。これでもかというくらい赤線が引かれ、書込みまでしてある。自分を揺さぶった大切な言葉たちのはずなのに、今となっては響いてこない。 「何にそんなに心を動かされていたのかなぁ」。今とは比べ物にならないほどピュアで貪欲だった頃の自分がケナゲでもあり、羨ましくもある。 気が付けば、部屋は、すっかり暮色に包まれていた。小さ

          #2404235

          夫婦を何組か集めて

          夫婦を何組か集めて、夫と妻の写真を別別に撮影して、それをバラバラに並べる。「この中から夫婦の組合せを選んでください」と被験者に尋ねる。 アメリカの大学の研究によれば、若い夫婦の写真の組合せよりも熟年の夫婦の写真の組合せの方が正答率が高い、という。つまり、夫婦は、次第に似てくる。 「共有された時間がそうさせるのか、共有された環境がそうさせるのか、それとも共有された感情がそうさせるのか」と私は、不思議がる。 「まぁ、犬も飼い主に似るっていうしね」。大雑把な君の分析は、「似た

          夫婦を何組か集めて

          Wセンセイ

          Wセンセイは、国会議員です。とある野党の、若手議員です。旧態依然とした、言い換えれば「与党的な」政治を打破したくて、政治の世界に入りました。 けれど、議員には「与党的な」立ち回りが求められている、という矛盾をしばしば感じてもいます。それなくしては、再選も危うい、という焦りもあります。 別れ際にセンセイが私に訴えた言葉。「議員は、自分の信念に迷ってしまうこともある。だから、議員の言動を正しいと思ったなら、ぜひ激励を与えてほしい。 そういう後押しが、議員を正しい方向に向かわ

          Wセンセイ

          T君に

          T君に「御報告がありまして…」と切り出されて、私は、身構えました。「来月で店を辞めるんです。年齢のことも考えて」。案の定、T君が打ち明けます。 馴染みの客とはいえても、T君に対する私は、他人行儀でした。幼い頃から体得した人間関係への防衛本能が邪魔をして、むしろぶっきら棒に接してきました。 「今まで丁寧な仕事をありがとう」「これからどうするの?」。いいたい言葉は何一つ継げず、ただ彼の言葉を受け止めていました。彼は、確か28歳です。 「こんな若い人がキャリアデザインに悩んで

          T君に

          渋柿について

          渋柿について、農水省のサイトが「柿の渋みのもとは、タンニンです。水溶性タンニンが口の中で溶けると、渋く感じます」と説明します。 怒り、憎しみ、嫉妬。人の心にも渋みがよどんでいます。その渋みを理性でくるんで味わいに変えられる人もいます。でも、渋みに毒されてしまう人もいます。 ネットを覗けば、剥き出しにされた渋みが揚げ足取りや言い掛かりによって他人を攻撃し、それによって私たちを殺伐とさせ、息苦しくもさせています。 「渋柿もアルコール等で処理すれば、タンニンが不溶性に変わって

          渋柿について

          鳥取駅からバスで25分

          鳥取駅からバスで25分。鳥取砂丘は、意外と市街地にありました。「砂丘といったって観光地なわけで、タカが知れてる」。私は、タカをくくっていました。 でも、歩き始めてみれば「馬の背」までの道のりは、想像以上に長く、その上、折からの悪天と吹き付ける強風によって、今や歩行もままなりません。 風の中に目を凝らしても、振り返っても、足跡は、もう半ばかき消されて、私たちは、方向を見失ってしまいました。観光地で、まさかの遭難…。 冗談のような、悪夢のようなニュースが脳裏をよぎり、「砂漠

          鳥取駅からバスで25分

          今年の9本目

          今年の9本目、Boy Erased、観ました。 同性愛者の転向療法プログラムにおいて、性的指向は、後天的選択と位置付けられます。だから人を愛する気持ちも矯正できる、と同性愛者に迫ります。 体を鍛え、「男らしい」所作を身に付け、「誤った」性的指向のルーツを洗い出し、これまでの関係を清算する。それは、洗脳と人格否定でしかありません。 でも、矯正を行う人、受けさせる人、そして受ける人さえ「正しいことをしている」と思い込んでいる。それが現代の「自由の国」で起きている実情でした。

          今年の9本目

          #2404127

          Hくんへ 私たちは、自分の呼吸を意識しませんが、三木成夫は、「真剣に打ち込んでいるような時は、まず間違いなく呼吸の方はお留守になっている」といいます。 呼吸がお留守になれば、酸欠で疲れが増し、ミスが起きます。では、どうすれば自然な呼吸を取り戻せるか。彼は、「仕事唄」にヒントがある、と説きました。 確かに稲刈り唄や木こり唄を歌いながら自然に呼吸をすれば、緊張が解け、集中力が持続します。呼吸と作業を調和させる知恵が込められている、といえます。 新人のHくんには仕事唄はハー

          #2404127

          ウエイトライスを贈る

          ウエイトライスを贈る新郎新婦の涙と、それを受け取る彼等の両親の涙。それを見守る友人たちの涙。それらに釣られて、私も暗闇に紛れ涙を拭っている。 新郎新婦の出生時の体重と同じ重さのお米に赤ん坊だった頃の写真やメッセージを添えて両親に贈る。それがウエイトライスです、と司会が説明してくれる。 初めて我が子を抱き上げた記憶と、近くから遠くからその成長を見守ってきた月日と、彼と彼女が旅立っていく寂しさと。私の腕にも米の重さが伝わってくる。 「ずるいよ、そんな演出されたら、他人だって

          ウエイトライスを贈る

          メディア

          メディアが提供する情報によって、私たちは、世の中の様子を知ります。でもそれは、必ずしも真実や全体像を反映してはいません。 「犬が人をかんでもニュースにはならないけれど、人が犬をかめばニュースになる」といわれ、その結果、メディアは、人が犬をかんだ話題ばかりを流します。 そして私たちは、人が犬をかんだ話の羅列の中に、今の「世相」や「世情」を見た気になります。でも実際の世の中は、犬が人をかんで成り立っています。 メディアは世の中を映す鏡ではなく、世の中を形作る鏡である。そのこ

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          泥棒

          泥棒がある家に忍び込みました。けれど、番犬は、ほえません。「これまで何度もほえたけど、ご主人に褒められたことはない」と、犬は、ロバにいいました。 別の晚、また泥棒が現れました。真面目なロバは、犬の代わりに大声でいななき、泥棒を追っ払いました。けれど、その声に起こされた主人は、怒りました。 「なんで夜中に騒ぐんだ」とムチで打たれたロバに、犬は、いいました。「忠実に働いた君に、ご主人は、どんな褒美をくれたかね」。インドの昔話です。 相談できる人も助けてくれる人もなく、歯を食

          サントリーの宣伝部員だった山口瞳さん

          サントリーの宣伝部員だった山口瞳さんが「新入社員諸君!」と呼び掛けたシリーズ広告がありました。毎年、この時期に掲載されました。 「ありました」といっても、私自身は、だいぶ後になって、誰かの著作でその引用を読みました。そして、その中の一節で自分を励ましてきました。 私などは、ビクビク・クヨクヨばかりやっている間に、中堅と呼ばれる立場になってしまいました。いまだ、彼のエールに応えられる大人になれていません。 それでも、「せめて、周りが安心して仕事ができるために自分にやってや

          サントリーの宣伝部員だった山口瞳さん