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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 41

「馬鹿な話ではない、真だ。斑鳩寺は高安城に近い。また百済とのつながりも深い。あの寺を襲撃すれば、葛城や大友の後ろ盾となっている百済の旧臣や渡来系の氏族たちに衝撃を与えられる。次は、お前たちだぞと。後ろ盾が動揺すれば、葛城や大友たちにも影響しよう。そうなれば、あとは容易い。土台が脆くなれば、城は簡単に崩れる」

 そんなに上手くいくものかと、安麻呂は思う。

 それでも馬来田や吹負を見ると、満足そうに頷いているのだから、歴戦の猛者たちからすれば、まことに結構な策なのだろう。

「ですが、斑鳩寺を襲撃するなど、そのような大それたことを……、大丈夫なのですか?」

 いまは全く独立した学問寺だが、その昔は厩戸皇子が建立した皇族と繋がりのある由緒ある寺だ。

 その寺を襲撃したとなると、大問題だ。

「大丈夫だ、友国から裁可はいただいたと伝えがきた」

 友国とは杜屋の弟、すなわち安麻呂の兄で、いまは大海人皇子の舎人である。

 その兄が、「裁可をいただいた」と言っているということは、大海人皇子が「襲撃せよ!」と言っているのだ。

 鎌子という重石がなくなり、いよいよ本気を出してきたらしい。

「で、私たちに……、どうしろと?」

「お前たちは寺に詳しい。その道案内をしてもらいたい」

 やはりか………………嫌な予感はしていたが、当たった。

「いや、それは……」

「嫌とは言わせんぞ、お前も大伴の武士(もののふ)だろう!」

 それを言われては、大伴の名前を持つ身として、反論はできなかった。

 だが、たとえ自分は大伴の名に殉じても、八重子は関係ないはずだ。

 大伴の娘として扱い、用済みになれば屋敷の奥へと幽閉、今度は斑鳩寺に詳しいからと利用する ―― あまりの勝手さに、同じ一族ながら安麻呂は憤りを覚えた。

 ―― 八重子だけは関わらせたくはない!

 そう思った安麻呂は、

「いや、私のことではなく、八重子のことです。八重子は、そこまで詳しくはないと思いますよ。もと婢ですが、奴婢は寺の中に入ることはできませんので。それに、現場に女がいては足手まといになるのでは?」

「うむ、それもそうか……。では、お前に……」

 杜屋がそう言いかけたところで、御行が口を挟んだ。

「そういえば、朴本(えのもと)の部隊に、もうひとり斑鳩の奴がいたはずです」

「なに? それはまことか?」

「奴ですから、もちろん寺の中には入ったことはないでしょうが、何かの役に立つかもしれません。いまは近江で作戦を行っているはずです、呼び戻しましょうか?」

「うむ、朴本の部隊も呼び戻せ。大伴軍最強と呼ばれる部隊だ、あの部隊がいれば心強い」

 御行は頭を下げた。

 それを見て安麻呂は、どうしたものかと頭を悩ませた。

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