「蘇我大王家と飛鳥」石渡信一郎

以前、「応神=昆支説」で紹介した、石渡信一郎氏の飛鳥時代に関する考察。タイトルに結論が書かれている通り、蘇我氏(として記紀に書かれている系譜)が王権を持っていた時期がある、という説を採っています。

飛鳥時代の王権に関するトピックとして最大のものは、「隋書」に遣隋使派遣時の日本の天子として、「阿毎字多利思比孤(アメノタリシヒコ)」の名があることでしょう。日本側の記録では推古天皇が送ったことになって

もっとみる

「国宝・百済観音は誰なのか?」倉西裕子

百済観音のモデルを探りながら、飛鳥〜天平・白鳳期の代表的なトピックについて横断的に考察した本。最初にモデル候補を何名か上げ、時代背景について探った上で、最終的な結論について論じる、という構成です。

ボリューム的には竹取物語の考察が大きいですが、物部合戦や百済救援、聖徳太子問題などを筆者の論考を中心に取り扱っています。先行研究からの引用は少なめで原典中心ですので、これらのテーマに関心のある方ならば

もっとみる

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 10

彼は、いつの間にか宮門の前まで来ていた ―― 宮門を潜る中臣鎌子の姿がある。

 鎌子は、大海人皇子に気付き、頭を下げた。

 大海人皇子も彼に頭を下げて、通り過ぎようとした。

 ―― いた!

    ここにいた!

 大海人皇子は振り返った。

「内臣!」

 鎌子は、その大きな声にちょっと体をビクつかせた。

「は、はい! 何でしょう?」

 大海人皇子は周囲を見回す。

 宮門に2人の舎

もっとみる

リゲルンくえすと!鳥神様

さあ!おいらは冒険にいくぜよー!

・須佐の王は今日も旅に出ました
今日はどんな出会いがあるかと冒険していたら、メロンマスクメンに出会いました

おす!おら須佐の王様だい!宜しく、メロンマスクメン

ハーイハジメマシテ!・・・・・・スサノヲデスカ?

いや須佐の王さ!

スサノヲデスカ

・・・・

・・・・・・

まあいいさ!おいらは何かしたくてウズウズしてるのさ
なんでかなーなんでかなーなんで

もっとみる

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 9

大殿の帰り際、大海人皇子は顎を撫でながら、一人にやにやと笑っていた。

 しばらくは回ってこないだろうと思っていた大王の位が、こんなにも早く目の前に見えてきたからだ。

 活発で頭脳明晰であった兄と違って、彼は小さい頃からのんびり屋で、始終ぼんやりとしていることが多かった。

 そのため、中大兄は父 ―― 田村皇子(たむらのみこ)の期待を一身に受け、将来の大王候補としての教育を受けたが、大海人皇子

もっとみる

『覇王の神殿』 「潮」10月号より連載開始! 【歴史奉行通信】第二十一号

こんばんは。
伊東潤メールマガジン
「第二十一回 歴史奉行通信」を
お届けいたします。

〓〓今週の歴史奉行通信目次〓〓〓〓〓〓〓

1. 『覇王の神殿』
「潮」10月号より連載開始!
2. エッセイ
「『覇王の神殿』執筆によせて」
3. おわりにー
新作で描きたいこととは
4.伊東潤Q&Aコーナー
5.お知らせ奉行通信

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

━━━━━━━━━━━━━━━

もっとみる

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 8

大海人皇子は、舒明(じょめい)天皇と皇極(こうぎょく)・斉明(さいめい)天皇の次男で、中大兄と間人大王の弟にあたる。

 大海人は、よく「おおあま」と読まれるが、正しくは「おほしあま」である ―― 「大海」とも書く。

 その名前は、養育にあった凡海連(おほしあまのむらじ)に由来するらしい。

 凡海氏は、『新撰姓氏録(しんせんせいしろく)』によると海神綿積命(かたつみのみこと)の息子 ―― 穂高

もっとみる

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 7

「でも、なぜ私が?」

「冠位の改正は、当事者の思惑を排除するため、今回の一件に関わっていなかった人間がやるべきです。それに、そろそろあなたも、こういった仕事の一つや二つはすべきよ。遊び呆けていないで」

「いやあ、別に遊び呆けている訳ではないのですが……」

「それに、前に言っていたでしょう。男として生まれたら、一度は大八州国(おおやしまのくに)を治めてみたいと」

「いや、羨ましいとは言いまし

もっとみる

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 6

間人大王は、頭を抱えてしばらく動かない。

「大王様、如何なされましたか? お加減でも悪いのですか?」

 采女(うねめ)は、間人大王の傍らに近寄り、不安そうな顔を向けている。

「いえ、大丈夫……」

「お部屋に戻りましょうか?」

「いいのよ、このままで、大海人(おおあま)が来るはずだから」

 間人大王の言葉どおり、中臣国足連(なかとみのくにたりのむらじ)が大海人皇子の参上を告げた。

「兄

もっとみる