【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 1
彼は、荒れ果てた大地を彷徨っていた。
空は今にも零れ落ちそうな、厚い、黒々とした雲に覆われている。
灰色の土地は風が吹くと砂塵が舞い上がり、恨みを残して亡くなった者のように彼の身体に纏わりつく。
砂埃を振りほどくことなく、彼は歩き続ける。
枯れ果てた草木を除け ―― 朽ちた草木ではない。
―― 人である!
人が、寝転がっている。
衣服は煤け、所々破れ朽ち、男か、女か判別もつかないほど痩せすぎた姿はまるで骸骨のようであった。
そんな人が足元に転がっている。
右にも、左にも、ここにも、あそこにも………………いや、大地を覆い尽くしている。
まるで、墓場のようだ。
だが、彼は知っている ―― その者たちは、まだ息があることを。
彼は、足元に転がる、わずかに呼吸をする者を覗き込む。
削げ落ちた頬ではあったが、うっすらと残る眉に、それが女だと分かった。
「違う……」
彼は、また歩き出す、ひとりひとり顔を確認しながら。
歩き回っているのは彼だけではない。
見ると、数人の者が人の間を行き来している。
彼のように顔を覗き込こみ、首を振ったり、一瞬驚いたような顔をするが、すぐさま落胆したような顔に戻ったり、寝ている者に怒鳴りあげられて、頭を下げ、そそくさと逃げていく者もいる。
中には、抵抗する気力もない者をいいことに、その者から高価な勾玉や管玉の腕輪や首飾りを奪っていく輩もいる。
それさえ持たない者は、衣服さえも剥ぎ取っていく。
そんなボロボロの着物を奪ってどうするのかとは思うが、そういう輩にはそれでも何かしらの価値があるのだろう。
彼は、そんな連中を憐れむ。
ふと、ひとりの男の後ろ姿に目が留まる ―― 寝転がる者の前に屈み込み、何やら頻繁に手を動かしている。
そいつも、同じような輩だろうが………………似ている!
彼は、とっさに声をかけた。
「弟成(おとなり)!」
男は、びくりと体を揺らす。
「弟成!」
もう一度呼びかけると、男はさっと振り返り、ぎっとこちらを睨んできた。
まるで物の怪のような形相 ―― 彼の知り合いとは、似ても似つかぬ別人であった。
彼は、その男に間違いを謝りもせず、また彷徨い始めた。
大切な友を捜して………………
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