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文学の森殺人事件 第十三話

 夜の七時『文学の森』講座で西園寺一は最後の確認がしたいと私に声をかけた。彼は一同が集まる前に進藤警部補に八人の容疑者の身柄を拘束して、逃げられないようにした。とはいえ、恩田薫にはアリバイがない。恩田という人物はとにかく謎が多い。どこか恩田の姿は謎めいていて、気味が悪いが、警察の目を欺くほど頭脳明晰ではないだろう。西園寺はこれまで収集した情報が確かなら犯人の正体はだいたい見当が付いたようだった。
「西園寺さん、話とは何のことですか?」
「スコット君、君は鈍いね」
「何とでも言ってください!」
「謎は全て解決しました」
「おお!」
「どうやら犯人は怨念に取り憑かれた人間だが、私が最初に疑っていた人物と関連しているみたいだ」
「なるほど」私は言った。「恩田薫はどうです?」
「うむ」
「ところでその恩田って人、何者なんですか?」
「恩田さんはXと同一人物だと思います」
「どういうことですか?」私は驚いていた。

「数学の授業でXとYの連立方程式を学んだと思いますが、実に興味深い点が見つかったのでね」
「確かにXとYは互いに関連し合ってますね」
「しかしXの正体はまだ明かせません」
「その人物をここで明かすのはまずいということですか?」
「私が気掛かりなのは、ひとりひとりが蜘蛛の巣のように張り巡らされているということだ。まるで家系図のようにね」西園寺は言った。「Xは何かしらアリバイ工作をしている可能性があります。しかし私の目は誤魔化せない。同じ人間を同時に演じきるのは物理的に不可能だからです。ではなぜ、Xがカオナシのように存在感があるのか、これから君に頼みたいことがある」
「何でしょうか?」
「今直ぐこの場に事件に関係する人物を全員集めてください!」西園寺一は最後にこう言った。
 
 時刻は七時二十五分になろうとしていた。どうやら先ほどから続けている調査が終盤に差し掛かり、西園寺は犯人を特定した。一Fフロアに、大島徹、赤羽雄一、長田春彦、倉田修二、三木剛、立壁由紀、名和田茜、進藤警部補、佐々岡司、全員を呼び寄せた。フロア中央に針時計があり、椅子が十脚ある。そこに九人の男女が座った。私は「恩田は?」と訊ねた。西園寺は深く息を吸い込み、そっと息を吐いた。そして言葉を続けた。
「大島徹さん、あなたと話している時に二階堂先生はダイイングメッセージを残してくれたのに気付きました。ありがとうございます」
「私を疑ってるんですか?」大島はキョトンとして訊ねた。
「いえ、私はここにいる七人の証言者全員と話がしたいだけです」
「おいおい、どういうことだよ! こっちは六時間も警察やあんたに付け回されて迷惑してるってのによ!」長田は叫んだ。
「黙りなさい!」西園寺一は凄い剣幕で一蹴した。
「ふざけるなよ!」長田は気分を害したかのように言った。
「二階堂先生はこの四つ『書きたい小説のテーマ』
『プロットの作り方』
『登場人物の動かし方』
『小説の題材はどこから取るのか?』
 にダイイングメッセージとして意味を持たせています。先ずは最初の目的は殺人の動機です。『書きたい小説のテーマ』ではなく『殺した人物の正体』塩化ストリキニーネ。これを一六分の一グレーン、ということはこの錠剤を七、八錠ですか――を服用した人は不快な気持ちで死を遂げることになります。そうですよね、立壁由紀さん。いや、恩田薫さん」

「え? 立壁と恩田薫が同一人物?」
「そうです」西園寺一は言った。
「何を言っているの?」
「そうよ、由紀がやる訳がない。他に殺す動機がある人間なんていっぱいいるじゃない?」
「ええ、そうです」西園寺一は言った。「しかし私は先ず初めに恩田薫という謎の人物の特定をしないといけないのでね。立壁さん、あなたは恩田薫という男性あるいは女性に成りきって事件を攪乱したようですが、ボロを出しました。あなたは実にさまざまな人物を演じきれる声を持っています。とはいえ、特殊マスクは私の目を誤魔化すのにあまりに子供じみている。恩田さんは一六〇cmと小柄で、立壁さんと私の身長と一致します。胸がないのはさらしを巻いて誤魔化したのでしょう。あなたはある人物の命令で泥を被るために恩田薫という架空の人物を演じました。なぜ演じなければいけなかったのか? あるいはそれは愛ゆえの過ちでもあります」

「アリバイがあるじゃない」立壁由紀は言った。
「あなたは『確か十二時半には文学の森にいて、春彦とも会ったわね』と語りました。けれどあなたは嘘の供述をしました。あなたは十時には文学の森にいたのです。これは佐々岡君が調べてくれました。そして殺害の動機は二階堂ゆみに対する激しい嫉妬です。Yに泥を被らされるために恩田という人物は仕立て上げられました。立壁さんも小説を書いていましたね。そして夢を諦めるためにここに来ました。この発言に嘘はありません。しかし、なぜ明らかに怪しい人物を演じなければならなかったのか? 能の世界に土蜘蛛という化け物がいます。彼は自ら化け物の巣を作っています。つまり――蜘蛛の巣には共犯者と思われる人物が潜んでいることも意味します。もちろん彼女を殺害する計画でもあるのです。殺害する計画を立てたのはあなた一人ではありません。彼女に対する嫉妬は全員が持ち合わせている怨念なのです。私は先ずはじめに二階堂さんの盗作を非難した長田春彦さんが頭に浮かびました。ですが、愛する人間の存在が一番にあげられます――立壁さんを裏で操っていたのは倉田修二さんです」

「倉田さんには殺す動機がない」と立壁由紀は言った。
「そうです。その通り」西園寺は言った。「しかし倉田さんも嘘の供述をしていて、彼女をまるで自分の作品を書くかのように仕立て上げようとしました。トイレに籠もると見せかけて、特殊な通話機で我々を攪乱する〝ある”指示を送っていたのです。それは彼が主犯格に加担することを指します」
「笑わせないでください」と倉田は言った。
「通話機は鑑識に頼みました」西園寺は言った。「最も通話機を見付けられないほど我々は馬鹿ではありませんがね」
 突然、鑑識が現れて「『文学の森』講座の物置部屋の奥深くにスパイが使う小型通話機を発見しました」との報告を受けて、それを手渡された。私は倉田の冷や汗を見ると、彼が言い逃れが出来ないほどに、失態を犯していることに気付いた。あらかじめ他の機械に見せかけるために加工してあるが、通話機で間違いない。西園寺は通話機を持ち出すと、倉田に意見を求めた。しかし、倉田は失態を犯したのにもかかわらずに、何も言わずに天井だけを黙って見ていた。

「次は『プロットの作り方』です。プロットの作り方ではなく『殺害に至る経緯』と捉えてみたら面白いでしょう。そうですね? 大島徹さん」西園寺は言った。「あなたは気付かぬ内に敵に塩を送っていました。あなたがくれた情報全てが私たちの捜査に役立つ物でした。しかし善良で殺害に加担するとは思えないあなたが、なぜ二階堂ゆみを殺したのか分かりませんでした」
「私は二階堂ゆみを尊敬して」
「そうです」西園寺は言った。「尊敬しているからこそ彼女から蛆のように扱われ続けたことが許せなかったのです。確かにあなたにはアリバイがあります。しかしアリバイの裏には嫉妬と恨みがある。先ずはじめに殺害に加担した一番の理由は二階堂ゆみの裏の顔――つまり彼女の盗作作家としての、ふてぶてしい、口汚い、嫉妬深い態度から犯行を実行したと思われます」
「よくもまあ、空想だけで話が進められますね!」
「確かにあなたは二階堂ゆみに師事していて、殺害する動機がないと思われます。けれど大島さんは彼女が亡くなった時に迫真の演技を見せました。悪夢の計画が着々と進んでいるにも関わらずに、あなたはYに唆されてしまったのです。もしかしたらあなたは良心の呵責に頭を悩ませていたのかもしれませんね」と西園寺は言った。
「素晴らしい名演技ですね西園寺さん」
 と三木剛は拍手をしていた。
「もしかしてXは恩田をYは主犯格を指すのですかね?」と私は西園寺に訊いた。
「ええ」
「私にはアリバイがあります」と三木は言った。
「ですが、そのアリバイは虚構のものです」西園寺は言った。「いいですか? 三木剛さん、あなたが二階堂さんを殺害する計画に賛同した一番の理由は、ここにいる全員が持ち合わせている劣等感あるいは嫉妬や盗作に対する恨みです。三木さんが二階堂先生の盗作を黙認したのはお金に対する執着心からです。あなたは大きくなり過ぎた二階堂先生と自らに対する誹謗中傷に耐えられなくなりました。しかし、殺害に至る経緯は他にもあります。あなたは実はとても臆病で一人で殺害できないほどの小心者です。それならばと、殺害を計画した犯人である倉田修二さん大島徹さん等とグルになり、二階堂殺しの共犯者をここに集めました」

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