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倫敦1988-1989〈10〉人種差別をされちまったよの巻

年明けはロンドンの街をほっつき歩き、疲れ果てて家についた。マイロの家は寒いので何枚着ても凍死しそうな気がする。最終的にカーテンをはずして包まった。埃くさかったけれど、ビロードというのは中々暖かい。泥のように眠った。

目が覚めると時刻は昼を過ぎ、寒さと乾燥のせいかお顔がパリパリだった。どういうわけか湯はでるらしいので浴室へ行く。猫脚のバスタブがいい感じだ。蛇口をみると真鍮のクラシカルなのが2つある。「おーいMちゃん!これはどうゆうこと?」と風呂場からたずねると「あっついお湯とつめてぇ水が別々の蛇口からでる」と言われ「???」となる。それって銭湯とおんなじシステムだわな。「じゃシャワーは?」「ないよ!」と言われて絶望的になりながらバスタブに湯をためはじめる。水はチョロチョロしか出ないし、湯のほうは急に熱湯になってほとばしったり、また冷水になったりと情緒不安定だ。この極寒の中、ほどよい温度の風呂が完成するのだろうか。漫然と風呂のほとりで見ているようならそれは否だ。妙にやる気がでた私は大鍋とやかんでガンガン湯を沸かした。どなたかご出産ですか?ってぐらいのお湯を沸かし、暖炉から風呂へと運ぶ。ザーっと熱湯をバスタブにぶちまけるうちに素晴らしき風呂ができあがった。

温かい湯に浸かって快感に唸っていると「お邪魔🩷」とMちゃんが入ってきた。私の苦労の果ての作品をタダ使いするとは…と思うが居候なので黙っている。結局2人で「ツタ〜ンカ〜メン」とかミイラものまねをしつつ仲良く入った。

風呂をでて髪を乾かしているとMちゃんが「あ!」という。「そういえば近所に温水プールあったわ。シャワーもちゃんとある」なぜいま思い出すのか。もっと早く思い出してくれれば、ひとり風呂屋を開催しなくても済んだかもしれないのに。

その翌日、私たちは意気揚々と温水プールをめざした。目的はもちろんプールよりシャワーだ。エディとマイロは後から来るというので、とりあえずMちゃんと2人受付に行く。シルバーヘアーに眼鏡の意地の悪そうなおばさんが上から下まで私たちのことを睨んで「今日は4時までで終わりなの。だからあなたたちは入れないわ」シッシ…
と犬でも追い払うような仕草をする。

もちろん「感じわりーな💢」とは思ったが「4時で終わりなら仕方ないな」と踵を返そうとしたらMちゃんに引き留められた。Mちゃんは「エディと来たときは入れたし、夜7時までやってるんだよ」と言い、おばさんにも同じ事を言った。おばさんはドス黒い顔になりながらも「今日は4時。特別に4時までなの」と頑張る。だが、それを告知する張り紙もないし、プールは満員で帰り支度する人もいない。ところがおばさんは「Next」といって後ろに並んだカップルの受付をはじめようとしたのだ。

だが後ろで成り行きを見守っていたカップルは「なんで僕らは入れて彼女たちはダメなの?人種差別じゃないか」と味方をしてくれた。そこへ遅れてきたエディとマイロがヘラヘラと現れ「なに〜?差別されちゃったの?」と聞いてくる。なんだろう、多分そうなんだろうけど…返答に困る。はい、そうです。わたしは差別されましたって認めるのもなんか痛みを感じるような。私はただの黄色人種で、それが悪いわけでも、何か悪い事をしたわけでもないのに。

後ろのカップルとエディとマイロは私達以上に怒っているようだった。「アンタみたいな人はイギリスの恥!」「職権濫用の人種差別ババア」「いますぐ上司に連絡するから!」と突き上げられて居た堪れなくなったおばさんは受付カウンターから逃げ出した。無人になったゲートをくぐり、カップルは「今日はタダだね!」と入場したが、私達は入る気になれなかった。

意気消沈する私達を見てエディが「そうだよなぁ、こんなガキばっかりの汚ねープール入りたくないよなぁ。ウンコとか浮いてんじゃないの?」と言う。おそらく彼なりに励ましているのだろう。

その時マイロが「あ…」とプールの方向を指差した。水面にぷかぷかと浮かぶ何か…かりんとうのようなもの。「ゔあぁぁ〜」みんなで声にならない声をあげ、逃げ帰る。その晩も風呂屋祭りを開催しながら、あれがかりんとうでありますように…と祈った。

           (つづく)

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