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精霊流し

長崎の生まれではない。就職と同時に長崎に赴任しそれから足掛け20年ほど長崎で過ごした。なのでどちらかというと長い間地元の人間というよりよそから来た立場でなんとなく過ごしていたというのが本当のところだ。
その土地によって冠婚葬祭は特徴があり地方へ行くほどその傾向が強くなる。長崎のお盆の過ごし方は独特だ。昼間にお墓を清掃して夜家族でお墓でひとときを過ごす。花火をして楽しむ。初めて長崎のその様な慣習に接したときは少しびっくりした。同じ九州でも福岡は母の実家がありお墓参りというのは朝済ましておくものだ。夜にお墓に近づくな、というのが母の教えだった。母の教えというか代々伝えられたものだろう。長崎のお盆の風景は子供の頃禁忌であると教えられたことを正にそのままその土地の習わしとして守られていた。所変われば品変わる、ではないけれど考え方も変わるのだなと実感した。
長崎で有名なお盆の風物詩といえば何と言っても精霊流しである。先に触れた様によそ者という一歩引いた姿勢だった自分は地元の習わしというより観光の目玉という捉え方だった。実際遠くから眺めていた。言わば他人事だった。それが初めて当事者となったのが義母の初盆のとき。上さんの親戚の皆さんと同じ様に白装束姿で上さんの実家から近くの精霊船の集積地である運動場まで船をひいた。2回目は更に立場が濃いものとなった。上さんの精霊船である。喪主であったので初盆で精霊流しをするかしないかも含めて決断は自分に委ねられていた。上さんの実家は好きな様にしなさい。思った通りにしなさい。やりたければ手伝う。やりたくなければそれはそれでいいと義父が言ってくれた。最初からするつもりだった。形としては残らないものかもしれないが地元の習わしに素直に従って上さんに見てもらいたかった。何より自分の心の整理にも初盆は大切なもので後から悔いが残らない様にしたかった。上さんの親戚の方々も精一杯協力して頂き思い出深い精霊船を引いて忘れられない初盆を終えることが出来た。あの爆竹の音、煙、匂い。銅鑼の響き。ゆっくり進める精霊船。8年経った今も鮮やかなシーンとなって蘇る。お盆と言えば先祖を迎える行事。真夏の暑い中行われる。どちらかと言えば静かな音の無い世界のイメージだったが長崎で全く印象が変わった。賑やかな爆竹の音は中国の習わしが由来だろうか。死者を呼び寄せるためにわざと賑やかにするのだそうだ。自分達のところへ戻って来てもらうために。そんな古くからの長崎の人々の願いに自分のそれを合わせながら爆竹を鳴らす。今日はお盆。8月15日。亡くなった方々、どうぞ安らかに。

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椎名燎平

元造船技師。53歳で早期退職しフリーランスのライターを目指す。男やもめの独身。持ち家、車、仕事、長年過ごした土地などを断放離して一から再出発。受け身から能動へ。サラリーマン脳から個人事業主へ。何でもまずやってみる。発想の転換を実行中。独立を目指すサラリーマンの参考になれば嬉しい。
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