「情報のたこつぼ」は作られている 大統領選の混乱と『マインドハッキング』
本稿は光文社のサイト「本が好き。」に寄稿したレビューを改稿したものです。元記事「大統領選直前、必読の書」はこちら。
7日に主要メディアがバイデン氏に当確を打ち、2020年の米大統領選は一区切りついた格好だ。
「不正選挙だ」と主張し続けているトランプ氏が敗北宣言をするとは思えず、混乱はまだ続くだろう。
とはいえ、トランプ氏の訴えは根拠が弱く、州レベルですでに蹴られている。新たな証拠を示さないと法廷闘争も持続力に欠けるかもしれない。
まだ着地は見えないが、私見では今回の選挙で一番厄介な問題は勝敗ではない。
たとえ正規の手続きで訴えが退けられても、トランプ氏は「エスタブリッシュメントが結託して選挙を盗んだ」と主張し続けられる。
そして、それを支持する人たち、不満を持ち続ける人たちは相当数いる。分断の「火種」どころか、炎にガソリンをかけ続けることができる。
米国社会が弱体化するのを歓迎する海外勢力もいる。
分断の溝が広がるのはなぜか。
理解の一助になるのが、『マインドハッキング』という内部告発の一書だ。
『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』新潮社 クリストファー・ワイリー/著 牧野洋/翻訳
ケンブリッジ・アナリティカ――。この社名を聞いてピンとくる方は、どれくらいいるのだろう。
試しにGoogleで検索したところ、日本語のニュースは2000件弱しかヒットしない。50万近い検索結果が弾きだされる英語とは雲泥の差だ。
2016年には米大統領選と英国のEU離脱(Brexit)という世界の分断を決定づけた2つの政治イベントがあった。
ケンブリッジ・アナリティカ(CA)は、その行方を左右した(かもしれない)存在だ。
多くの謎を残したまま経営破綻したCAの元社員クリストファー・ワイリー氏の手記を日本語で読める恩恵は大きい。
期待にたがわず、多少なりとも世界情勢やSNSを使った世論操作に関心がある人なら、読みはじめたら止まらない読み物になっている。訳も素晴らしく、一気読み必至だ。
読者をぐいぐい引き込むのは2つ魅力だ。
もちろん最大の読みどころは、書名の「マインドハッキング」、データをフル活用した世論操作のドキュメンタリー要素だ。
Facebookの個人データを大量にかき集め、有権者を丸裸にしてカスタマイズした情報(フェイクニュースを含む)を流し込んで投票行動を左右するさまが克明に描かれる。
読者は放送禁止用語の原題「Mindf*ck」がぴったりくるダーティーワークの数々に息をのむだろう。トランプ氏の元側近スティーブ・バノン氏や英政界の大物、米大富豪など豪華キャストが次々と登場し、臨場感満点でページを繰る手が止まらない。
もう1つ、良い意味で予想を裏切られた魅力は、「リベラルな同性愛者のカナダ人」というバックグラウンドの若者が、自らの信条とはかけ離れた米国・英国の政治の泥土に巻き込まれていく人間ドラマとしての面白さだ。
創立時からCAに深く関与した著者が、オルタナ右翼やロシアを含む各国情報機関と手を組み、内政干渉やフェイクニュースの流布で世論を「洗脳」する実態に憤り、内部告発者となって欧米当局への情報提供を決断するまでが丁寧に語られる。スマートなギークたちや俗物の英国貴族など役者もそろっている。
CAの手法は実際にはそれほど大きな影響力はないと評価する政治学者もいる。だが、Brexitもトランプ大統領の誕生も、わずかな票差が生んだ大番狂わせだった。
本書が暴露するような手法が結果を左右したのかもしれないと考えると眩暈をおぼえる。
対策はいろいろと取られているものの、利用者の好みに合わせたコンテンツを提示して「滞在時間」を奪いあうSNSの本性は変わらない。
今回の大統領選で、私は意識的にツイッター上の「親トランプ」と「反トランプ」の両方のクラスターで注目を集めているツイートを観察していた。
予想通り、英語でも日本語でも、いわゆるエコーチェンバーの影は濃かった。
私の場合、通常フォローしているアカウントは「反トランプ」寄りなので、ナチュラルに使っていると考え方も情勢判断も「そちら」に引っ張られる。親トランプのツイートを「掘って」いかないと、「あちら」の内部のロジックや拡散している情報が把握できない。
全体で見ると、トランプ支持者の方がフェイクニュースを拡散する傾向が強いとは思われたが、反トランプやリベラル寄りのツイートには、必要以上に「敵」を貶めて小馬鹿にする表現が目立ち、「交わらない」という点は両者に共通していた。
トランプ氏がホワイトハウスを去っても、「情報のたこつぼ」に立てこもった人たちの対立は続く。
病は根深く、即効性のある治療法は見当たらない。
まずは、「たこつぼ」にいる自覚を持つこと、誰かがその「たこつぼ」から利益を得ようとしていると気づくことから始めるしかないだろう。
その第一歩の参考図書としても、改めて本書を推したい。
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