大審問官 ウラジミール


私はウラジミール 虚無主義の唯物論者だが 思いやりのある人間でもある 人々を<自由>という恐ろしい重圧から解放してあげたいと常々考えていた 弱い人にとって自由の追求は重荷でしかない 多くの人にとっては 無知のままでいることこそ 苦痛や恐怖を回避する有効な手段である 彼の国は自由の名のもとに 奴隷の律法を提供している 私はそんな嘘はつかない 私が統治する国は 国民の行動にある程度の制限はあるが 奴隷は決してつくらない 私は石をパンに変えることができる 人々は常に養ってくれる人に従い、奇跡を起こすことができる者を主人と考える ご存じのように私は 常識で考えては起こりえない不思議な出来事を演出してきた 加えて私はすべての国を支配する野望を隠さない 私のチームが現代のイエズス会と言われる所以である さて 自分のことを少し話そう 戦争に家族との親密な関係を奪われた幼少期 負ければ全てを失い 攻撃が最高の防御であることを知った 強くなければ奴隷になる 生き物の原理を学んだ スパイに憧れたが 与えられた仕事はスパイを監視する事務方の仕事だった それを通じてスパイが全く信用できないことを学んだ これは非常に有意義だった 占領下の衛星国で 祖国の崩壊を目の当たりにし ショックを受けたが すぐに頭を切り替えて 時の権力者の忠実な側近として着実にキャリアを積んだ その経験によって 去勢を張るトップが いかに弱いかを知ることができた これも後々非常に役に立った 自分が最高権力者になった時に 何を補う必要があるか わかったのだ 

時代がパンドラの箱を開けたのだ 私は幸運を掴む あるいは大いなる存在が私をえらんだ もしそうであったとしても 私は究極のリアリストだから 何かに精神的に依存することはない 合理的にことを進めるだけだ 目的は一つしかない <強い国>つまり<強い私>だ  いつの間にか私は 国そのものになっていた 私以上の正義はない 私が強ければ国も強い 私が法を守れば国も守る 私が合理的なら国も合理的である もちろん私はいずれこの世を去る その先のことは私には想像しにくい ある歴史学者は 私は死なないと言っているようだ 物質的に死んでも そのイズムは受け継がれるというのだ そうかもしれないし そうでないかもしれない 私ができるのは新しいタイプの英雄のロールモデルを作ることだけだ 繰り返しになるが 民衆はパンと奇跡を望む それをよく知った上で 辛抱強く 勝利を続けていかなくてはならない 彼らは不満が蓄積すれば 自由と解放を理由に 自殺を望むようになる そうさせてはならない そのエネルギーを別な方向に向ける必要がある 民衆は自由のファンタジーが大好きだ 自由がもたらす苦痛と恐怖は 直感では理解できない類のものだからだ 自由の痛みに耐えることができる少数エリートが パンを与え 道を示し 奇跡を見せることが大切だ 残念なことに そのエリートたちは 狡賢く信用ならないものではあるから 彼らの扱いには 細心の注意を払わなければならない 私は側近に古い友人達を選んだ 彼らはそこそこの能力でいい 能力がなければ 裏切ることもできないからだ 要所要所で高い能力者も必要だが それは使い捨てにする すぐに勘違いし 自分で権力を握ろうとするからだ 金持ちは十分利用して 時が来れば退場してもらう 人々の考えと言葉を 慎重に管理し 領土を回復するための戦争に 民衆の関心を集中させれば 国はしっかりまとまる  

「友よ 君の直感は正しい そう 私は大審問官だ 私は確信している 何も信じていないから 誰よりも上手くやることができる そういう生き方をしてきた 私のチームで世界をすっかり変えるのだ この出口なし 行き止まりの世界に 未来を夢見ることのできる健全な思想を浸透させよう 私は高らかに勝利を宣言する そして世界に新しい秩序をもたらすことを約束する」 

彼の演説を聞いた者は 少しだけワクワクしたが 誰も話題にはしなかった 世界秩序など そもそも誰も期待してはいないのだ ほとんどの人は日々の営み以外に関心を持てない それを壊す人を嫌い侵入者を排除する つまり細やかな掃除こそ 日々の営みの基本であり 生活の品質管理であった それは不文律の律法であった 
未知のエイリアンのあの攻撃が始まるまでは


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