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中国語でやった難しいチャレンジ

僕は、普段日本語と中国語を使って、建築プロジェクトに関わる様々な仕事をしています。日常的な業務として次の様なことをやっています。

  1. 日本語と中国語で行われる現場定例会議の参加。通訳は別のスタッフが行っています。会議の内容は全て把握し、必要な場合中国語で直接発言します。

  2. 日本人と台湾人で行われる工程部内会議の参加。通訳は僕が行っています。内容によって逐次通訳、同時通訳で対応しています。

  3. 中国語で行われる設計会議への参加。日本の設計者が加わる場合通訳も行います。特に日本の設計者は台湾の事情に疎いので、僕が間に入ってそれを説明を加えるシーンが多くあります。

この様な二か国語での会議への参加は、通常業務で行っています。しかし、過去これより難易度の高いシチュエーションに出会したことが何度かあります。うまくいったこともいかなかったこともありますが、その時の様子を説明してみます。

突然のディベロッパーのインタビュー

丹下事務所に勤めていた時のことです。僕は台湾での工事監修業務を任され、設計と工事に係る様々な打ち合わせに参加していました。
ある時、台湾のディベロッパーの事務所にいた際に、突然に先方から声がかかり、台湾の我々の計画についてインタビューを受けてくれと言われました。今であればそういうことは、事務所を通して、正式な依頼としてくれ、突然に言われても困ると、いったん断ると思うのですが、その頃は経験も少なく、断るのも失礼かなと考え引き受けてしまいました。

この時は、ほぼ全滅でしたね。そもそも中国語で何を聞かれるのか分からないので、インタビューを受けるというのが難しい。仮に聞き取れたとしても、それに対する回答を中国語でその場で組み立てるには、中国語でのやりとりの経験が不十分すぎました。
結局インタビューは受けましたが、それは使い物にならなかったと思います。ディベロッパーとしては自らのプロジェクトの販売に資するような、何らかの映像を撮りたいということだったのでしょう。
今であれば、準備さえすればそれなりの対応は可能だと思います。しかし、準備なしのぶっつけ本番は、今でも辛いでしょう。とても苦い思い出です。

コンペのプレゼンの同時通訳

佐藤総合計画で、台湾のコンペに参加した際、代表建築士が提案する建物のことを日本語でプレゼンし、それを同時通訳ブースで中国語に通訳するという仕事がありました。同じようなことを、大陸中国では中国人のスタッフが実施しており、台湾でも同じように自前のスタッフで行うということでした。同時通訳ブースにはもう一人台湾人の通訳者がつき、2人で交代に同時通訳にチャレンジしました。これも難しかった。

設計者の意図を、こちらの筋書きに沿って説明するのはなんとかできました。元々準備してある内容だし、ストーリーの流れも頭に入っています。ここでの問題は、同時通訳のブース内での機器の使い方に習熟していなかったことです。音声がキチンと出ていなかったり、2人でやっていたので、交代がうまくいかなかったりしました。
そして、質疑応答になると経験の浅さが露呈しました。台湾側の審査員の言っている内容が僕には十分把握できないのです。そのため、審査員と日本側建築士の応答がしどろもどろになってしまいました。

このような場面で同時通訳を行うのは、僕には荷が重すぎました。これは、今もそうでしょう。会社内部での同時通訳、会議が中国語で進んでいる中、これをかいつまんで、日本のスタッフに通訳するということは可能です。この様な場面では、先方が話す内容の90%以上は理解できている。しかし、公の審査会で先方からどんな質問が来るか分からないといった条件で、同時通訳でこれを伝えるというのは難易度が高すぎました。

台中市への設計プレゼ

台中のコンベンションセンターの案件で、台湾に出張していた時に、たまたまローカルアーキテクトが台中市に対して設計プレゼンをするので、日本の設計者が関わっていることをアピールするために一部プレゼンをしてくれと頼まれました。これは、何とか合格点に達したように思います。

それは、話す内容が自分設計してきた屋根の形状を作り出す手法を説明するということ、そして質疑応答の内容はこの様な内容なのでほとんどなかったことなどから、自分からの発信で完結していたことが理由でしょう。
その後ローカル建築師が審査員とやり合っていた内容は、やはりテーマは分かってもディテールが分からず、議論のポイントは掴めないままでした。

ただし、説明した内容は下の写真の屋根の形を、どの様なロジックで作っているのかということなので、結構入り組んでいました。

施工中の台中水湳國際會議展覽中心

コンクリートプラントでの通訳

台湾でのコンサルタント業務を続けている中で、日本の建築技術者が台湾のコンクリートのプラントを見学に行くことになりました。その際に、プラントの方が自分たちのコンクリート品質に関わるプレゼンテーションを始めました。この時、台湾人の日本語のできるスタッフはおらず、日本側の技術者はある程度中国語はできましたが、内容が専門的になると流石に難しいので、通訳は僕がやることになりました。この時の内容は、事前準備はなかったのでぶっつけ本番でした。
通常、この様な専門的な説明を外国人にする際にはメーカー側に自らの内容を理解した通訳スタッフがつくものです。そして、日本語なり英語なりで通訳して伝える。或いは直接外国語で説明する。その様なことになります。
しかし、台湾のコンクリートプラントではその様な通訳のスタッフを期待するべくもなく、自らそれを買って出ざるを得ませんでした。

しかし、幸にして台湾のコンクリートに関することについては、普段から様々に勉強していたので、何とかこの突然の通訳業務はこなすことができました。
そのときに出てくるヴォキャブラリーは、大部分は通常の建設業務で使う言葉でした。セメント、細骨材、粗骨材、スランプ、フライアッシュなど。さらに日本と異なって、過去台湾では放射線に汚染された鉄筋が使われていた問題があり、それに対する検査も行われている事など、台湾特有の事情に関する予備知識もありました。それで、プラント側の言う内容が問題なく理解できたので、通訳は大禍なく終えることができました。
日本側の技術者の話す内容は日本的に全部理解できるので、中国語に伝えるのは何とかできます。それに加えて、この場合は中国語で話される専門用語がキチンと理解できたので、問題なかったのだと思います。

簡詩敏のインタヴュー

台湾のジャズシンガー簡詩敏から、自らがパーソナリティーを務めるラジオ番組“爵士之詩"に、ゲストで出演してくれないかというオファーがありました。普段からジャズに関すること、建築に関することを、彼女とはいろいろ中国語で話していました。そして、テーマを定めるので、ジャズと建築の2回のインタビューとしたいということでしたので、やってみることにしました。一つは、"東京におけるジャズの事情"、もう一つは、"日本人建築士から見た台湾の建築"についてでした。

この時は、事前にテーマが定まっていたこと、インタビューする側が僕の中国語のレベルを知っていてそれに合わせていてくれたことなどから、比較的落ち着いて言葉も選びながら話すことができました。
その時のインタビューは、以前noteでも紹介しています。

自分の中国語の実力を知る

実は、僕は日本にいた頃、中国語の同時通訳の学校に行ったことがあります。その時、先生がこの様に言っていました。「同時通訳の仕事は、基本的に双方の言語に完全に通じていて、全くバリアーがない、その様な状態のバイリンガルが、さらにステップアップしてチャレンジする仕事です」と。それを聞いて、自分の中国語のレベルはネイティヴには程遠いのでやはり無理だと思いました。ですので、そのレッスンは受けましたが、同時通訳の方向にトライするのは諦めました。
僕は本来建築技術者、それも建築の設計を業とする人間です。それに加えて中国語でのコミュニケーションをそれなりのレベルで行うことができる。その立ち位置で仕事をしていこうと、あらためて考えました。

その様な条件で様々にトライしてきた仕事が上記の様なものです。今であれば、どの様な仕事であれば受けられて、どの様なものであれば断るべきか、或いは準備をしてから臨むべきか分かります。

基本は、ヒアリングですね。聞いた言葉を理解できればなんとか言葉にすることができます。それができなければ通訳はおぼつかない。日常の建築に関わる通訳の現場でも、台湾の通訳者が内容を理解せずに、まるで文意の通じない通訳をしているのを聞くことがあります。そうした時には、僕は通訳の内容を訂正しています。
これは特に建築の専門分野での通訳は難しい。経験が浅いと、仮に語彙を捉えられても、その文脈が何を意図しているのか分からない。その様な通訳が、ままなされています。それは、僕の経験からは、台湾の或いは日本の建築技術者は何を意図してその発言をしているのかは明らかです。そして、その文脈に沿って通訳することができます。

自分の強みはこの様なシーンです。"敵を知り己を知れば百戦危うからず"。自分の能力をキチンと把握することは大切ですね。

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