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若島津さんのまもるもせめるも ~バックオフィスの攻撃~

1、フォワードとしての若島津

高橋陽一さんのサッカー漫画『キャプテン翼』。「ボールはトモダチ!」の大空翼をはじめ、ゴールデンコンビの岬、SGGK(スーパーグレイトゴールキーパー)の若林、常に袖をまくっているタイガーショットの日向小次郎など、そうそうたるメンバーが出てきます↓。

その中で、若島津 健(わかしまづ けん)という人気キャラがいます。ゴールキーパーです。空手をやっており、手刀ディフェンスや三角飛びなど、攻撃的な守備で有名です。しかし、若林というSGGK(スーパーグレイトゴールキーパー)がいるために、「2番手」「かませ犬」という地位に甘んじています。

そんな彼がいま、「二刀流」として活躍していると聞き、私は耳を疑いました。野球の大谷選手ならともかく、サッカーで「二刀流」とは…? なんと若島津は、ゴールキーパーにもかかわらず、時にはフォワードとしてピッチに立ち、守備だけでなく攻撃でも活躍していたのです!↓

一見、突飛に見える設定ですが、よくよく考えてみると、守備のスペシャリストが他の立場に立つと大活躍する、というケースはよくあると思います。ゴールキーパーは自軍の守備を統括する、言わばフィールド上の監督のようなものですから、攻撃する立場になれば、相手の守備の心理がわかるわけです。野球でも同じで、キャッチャーであれば、相手ピッチャーの心理も読みやすいと言われます。プロ野球の監督も、ボヤキの野村監督に代表されるように、いまの阪神の矢野監督など、キャッチャー経験者が多いように思います。つまり、守りのスペシャリストは、他の分野でもその経験を活かして活躍できる可能性が高いのです。

2、ゴールキーパー総務部長

では、これをスポーツだけでなく、会社組織に置き換えてみたいと思います。会社組織における「守備」と言えば、「バックオフィス」と呼ばれる部門です。経理、人事、総務など。「攻撃」ではないけれど、組織に欠かせない縁の下の力持ち。さしずめ、総務部長は「ゴールキーパー」のようなものではないでしょうか。

「成長」支援事業を行っている株式会社ギブリーの取締役である山川雄志さんは、このようにツイートをされています↓。

このツイートに、私も同感です。会社のディフェンス面を身につけた人は、オフェンス面、事業側(営業側)でも活躍できる。なぜなら、どこを守るべきか、組織をどのように維持するべきか、毎日考えてきているために、攻め一辺倒の人材には考えが及ばない面から、オフェンスを考えることができる。脇が甘くないんです。野球で言えば、キャッチャー経験者が監督をやるようなものです。目配り気配りが行き届くのです。

サッカーのポジションで、会社組織のポジションを置き換えると、

ゴールキーパー=総務部長(守備)

ミッドフィルダー=企画部長(戦略)

フォワード=営業部長(攻撃)

という感じでしょうか。もし、総務人事部長経験者が事業営業部長に就任したら、営業の視点だけではない、組織維持の観点からの、一味違った営業活動が展開されると思います。

3、「まもるもせめるも」の歴史の事例

この説を裏付けるために、この「守備」「戦略」「攻撃」の3つに絞って、歴史の事例を3つほど挙げていきたいと思います。

まずは日本史より。

豊臣秀吉が死んだあと、1600年の関ケ原の戦いまで、豊臣家内で内紛が起こったことは有名です。つまり、加藤清正・福島正則たちの「武断派」と、石田三成たちの「文治派」との間の決裂です。言い換えれば、「攻撃」重視、「営業」重視の人たちと、「守備」重視、「総務」重視の人たちとの争いです。そこにつけこんだのが徳川家康で、関ケ原の戦いは、豊臣家の家臣同士の争いという一面があります。「総務部長」石田三成と、「営業部長」福島正則の争いです。

ところが「副社長」だった家康にとって誤算だったのが、ただの「総務部長」と思っていた石田三成が、「企画部長」つまり戦略面でも大いに力を発揮して、西軍をまとめあげて対抗してきたのです。また、島左近たちの侍大将の力もあり、実際の関ケ原では、意外と「営業」「攻撃」の面でも活躍します。このあたりは、堺屋太一先生の『巨いなる企て』に詳しいので、宜しければぜひ↓。

次の例は中国史から。

漢王朝の祖である劉邦(りゅうほう)。ライバルである項羽(こうう)との戦いに勝って、漢王朝を築き上げます。彼には有能な家来がたくさんいましたが、特に3人の名前が挙げられます。名将である「韓信」(かんしん)、軍師である「張良」(ちょうりょう)、主に補給担当の「蕭何」(しょうか)です。さて、誰が一番評価されたでしょうか?

そうです、補給担当の蕭何です。「攻撃」の韓信でも「戦略」の張良でもなく、「守備」の蕭何が評価されたのです。いわば、「営業部長」や「企画部長」を差し置いて、「総務部長」が一番評価されたのです↓。

このあたりが、さすが劉邦、人を見る目があるというところです(その後、韓信を疑ったりして謀反に追い込んでいますが…)。バックオフィスを支え、補給を整え、常に相手より良い態勢で戦えるように、黒子として支えた蕭何が、勲功第一として評価されました。

なお、このあたりの話は、司馬遼太郎先生の『項羽と劉邦』をぜひ↓。

最後の例は西洋史から。

「大英帝国」と呼ばれたイギリス。第一次世界大戦までのイギリスは、海外にたくさん植民地を持つ一大帝国でした。19世紀後半、イギリスは2人の有力な政治家に指導されます。「ディズレーリ」「グラッドストン」です。

この2人は、好対照のライバルです。苦労人のディズレーリと、エリートのグラッドストン。小説家崩れで現実重視のディズレーリと、若くして議員になった理想家肌のグラッドストン。ヴィクトリア女王に好かれたディズレーリと、女王に嫌われたグラッドストン。ガンガン海外に進んでいく「大英国主義」のディズレーリと、内政を重視した「小英国主義」のグラッドストン。誤解を恐れず、あえて単純化して分けるのであれば、「攻撃」重視の「営業部長」ディズレーリと、「守備」重視の「総務部長」グラッドストン。どちらも首相になっていますので、「戦略」はじゅうぶんに持っています。しかし、そのカラーは鮮やかに異なるのです。

さて、どちらの人気が高かったかというと、もちろんそれぞれに評価はされていますが、グラッドストンの人気は国内のみならず国外からも高かったそうです。死後に政治家たちから寄せられた言葉を一部紹介しますと…↓。

「彼が世界中から尊敬されていたのは、大人格者であったからだ」「イギリスおよびイギリス国民は勇者を愛する。グラッドストン氏は常に勇者中の勇者であった」「世界最高の議会における最高の議会人である」。

すごい高評価ですね。

明治時代の日本でも、福沢諭吉、大隈重信、中江兆民といったいわゆる自由主義者は、グラッドストンを深く尊敬していたと言います(政権側の伊藤博文などはドイツのビスマルク寄りでしたが…)。

ディズレーリの名誉のために補いますと、ディズレーリは内政でも功績を挙げていますし、人気もありました。若い頃は売れませんでしたが、ベストセラーを生み出す作家にもなりました。ディズレーリがガンガン海外の植民地を増やしたからこそ、そのバランスをとって、グラッドストンは首相になった時に内政を重視した、という面もあるでしょう。

この2人の関係、詳しくは、前原利行さんの『子供に教えている世界史』をご参照ください。非常にわかりやすく、ためになります↓。

4、バックオフィスは組織の要

いかがでしたでしょうか。この記事では、「攻め」と「守り」、バックオフィスの重要性などを、歴史事例を踏まえて考察してみました。

では、『キャプテン翼』だけでは物足りない方に、まとめにかえて、バックオフィスを扱った漫画を2つ、ご紹介しましょう。

バックオフィス漫画と言えば、まずはこれでしょう。林律雄さん・高井研一郎さんの『総務部総務課 山口六平太』です↓。

もう1つは人事部。渡辺獏人さんの『人事課長鬼塚』です。

『課長 島耕作』のように、営業や企画、経営の最前線の業務に比べて、総務や人事などのバックオフィス業務は、地味なことが多いものです。しかし、意外と「守備」の中から、「戦略」「攻撃」のヒントがあるかもしれません。「働き方改革」がブームの昨今、「改革ごっこ」「仕事ごっこ」に陥らないように、山口六平太や鬼塚課長の働きぶりを追体験して、実のある改革へと着手するのはいかがでしょうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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