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【短編小説】タイムトラベラーエトー

「ある時期に人類は時間の概念を獲得したわけなんだけど、それより昔はタイムトラベラーは理解されないそうだ。当たり前なんだけどさ。」

 自称タイムトラベラーのエトーさんは社長の知り合いだそうで、よく会社の飲み会にやってきてはおかしな話をして行く。いつもは殆どタイムトラベラーの話はしなくて、どうせ自称だろ、設定だろ、なんて言われてニヤニヤしているのだけど、今夜は珍しくタイムトラベラーの話をしている。

「タイムスリップする年代に合わせて服装や言葉を準備することになっているんだけど、どうもそのくらいから同じ人類だと認識されないらしい。
 言葉はかろうじて通じるけど感覚が全く違うそうだ。
 アカルクナルカラメガサメル。クラクナルカラネムル。
 明るいと暗いが交互に来ていることはなんとなく知っているけど、それ以上は考えたことがないそうだ。なのでそれより昔に行っても謎の動物と思われて帰ってくるばっかりで何にも面白くないみたい。
 僕はそんな昔まで行かないけどね。刺身が食えるこの時代が良いよ。」

 エトーさんは刺身が好きだ。花見や焼肉のような刺身が出てきそうにない飲み会には顔を出さない。いつも生の魚を食べてご機嫌になっている。

「この時代の方が服装も言葉もそんなに違わないから楽だろ?って思ってるでしょ?でも果たしてそうなのかな?
 携帯電話みたいな数年で入れ替わる機械はそりゃ違うから持っていかないだろうと思うでしょ?腕時計もしないよね。服はユニクロで買う。支払いは携帯電話と同じだね、現金を用意する。
 そう考えると、普段僕の時代ではどんな格好でどういう生活しているか、想像できないことに気づかない?」

 口からはみ出すくらい大振りなつぶ貝を音を立てて食べながらエトーさんが言う。本当に今夜は未来人みたいなことを話す。今まで散々未来人なわけないと言われても笑ってお茶を濁すばっかりだったのに。

「僕が刺身好きなのは、未来だと環境保護や絶滅危惧なんかで生の魚介類が食べられなくなるからだと思ってるでしょ?
 時間の概念を持たない人達と同じように、食事という概念がこれからもずっと変わらないと考えていれば、そんな風に思うかもしれない。
 でもさ、そもそも生の魚を食事にするということがとんでもなく不道徳なことで大罪とされる未来があったとしたら、どうかな?」

 まさかそんなわけ無いと思いつつ、ドキッとすることを言うエトーさん。
 今度は鯛と赤身でワサビを挟んでちょっと醤油をつけて口に入れた。今でも少し行儀が悪いワイルドな食べ方だ。実に美味しそうな顔をする。

「そういう設定だと思うと、余計に美味しくなるよね。君もほら食べてよ。僕ばっかり食べてるみたいじゃない。舟盛りもう一つ頼もうか。」

 未来がどうかは知らないけれどエトーさんと食べる刺身は美味しい。

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