見出し画像

毒親育ちが『我が子を愛せず苦しむひと』を目の当たりにしたら…


自分は虐待を受けていた。
自分は毒親育ち。

それは理解しているし、私は親が嫌い。

だけど、どんなに酷いことをされても、親に怪我をさせることなどなかった。

たぶんそれは私は自分が毒親育ちであると自覚する前に『我が子を愛せない苦しみ』を目の当たりにしたことがあるからだと思う。

だから余計に怪我を負わそうなんて考えなかった。
(あまりに理不尽なことをされると『中華鍋でどつき倒したろか!オダブツじゃぞ!』と❝内心❞怒り狂ってはいた。成人する頃まで怒りもしなかったけれど)


私は家庭内で子供でいられない子供だった。
喚き散らす親をなだめ、親の愚痴を聴き、『大人の役割を背負った子供』だった。


『親が親になれずに苦しむ姿』
それを見たのは精神科病棟に入院したときだった。


私よりちょっとお姉さんだったその女性にはお子さんがいた。
同じ病棟で、比較的おっとりしていて、割とお洒落しがち。
私と彼女は病棟内のホールで話をすることが多かった。
病棟の中だけが移動可能な範囲だった。



ある日、いつも穏やかに振る舞っている彼女が、私のもとに飛び込んできた。
『あの子が可愛くて仕方ないのに…
可愛くて仕方ないのに…』

うん…うん…
……うん


彼女は産後にうつになったそうだが、あまり家庭環境も恵まれてはおらず、『産後のうつ』がキッカケでどんどん具合が悪くなっていき、私と同じ病棟に入ってきていた。

私は親の暴力から病棟に避難していたくせに、まだ『自分が幼い頃から虐待を受けてきたんだ』という自覚がなかった。

当然、病棟内で自分の親を過剰に非難したりすることもなかった。
淡々と
『ん、まぁうちは着替えとか持ってこないの普通だし。
日用品も持ってこないの普通だし。
こんなもんでしょ。
困るけど』
と思っていた。





―可愛くて仕方ないのに…

普段のおっとりした彼女の声ではなく、
悲痛な叫び声だった。

……自分の子を愛せない。

それがいかに苦しいことなのか、ポタポタと床に落ちる涙が物語った。

彼女は自分の具合が悪くなった理由を『出産』と捉えていた。

―あの子は何にも悪くないのに…
何にも悪くないのに…
ふと、ふと考えてしまう。
この子…
この子を…う…うま…

泣き崩れ、もう立っていられない彼女をひたすら抱きしめた。
ひたすら彼女の背中をさすった。
私も泣いていた。
ひたすら、ひたすら彼女の背中をさすった。

本当は病棟内であまりひとと親しくするのはよくないのですが…

ルール違反ではありましたが。
(繰り返します、ルール違反です)

もう30分くらいずっと背中をさすった気がします。

たまたま同じ時期に、たまたま同じ地域にいた。
それだけなのに、少し歳の離れた女ふたりが何かに共鳴して一緒に泣いていた。


私にはこういった経験があってよかったと思っています。

いま、彼女が元気でいてくれたら嬉しい。
まあ、そんなに頑張ってなければなおさら嬉しい。



いつも『毒親から逃げろ!』という話をする私ですが、実は『親になれない親が苦しむ姿』も見ていました。
私、彼女はちゃんと『親』だったと思っています。

仮に、好きと嫌いが目盛りで表せる秤があるとしたら、
子である私たち(毒親育ち代表🙋・笑)は『親を嫌いに振り切れらなければ』と悩む。
親のほうは『子を好きに振り切らなければ』と悩む。
どちらが辛いかはわからないし、比べても仕方ないけど。
もちろん親子関係に悩んでる『子』『親』の話ですよ。

たぶん『自分が悪いんだって思わないタイプのひと』は悩まないから、この場合は除外です。


自分が産んだ子供を『好き』に振り切れないのは相当苦しいんだと痛感した出来事でした。



本当に、穏やかな話し方する女性で…。

いま、私は思うんですよ。
別に100%好きとか、
100%嫌いとかしなくてもいいよって。
親子ってそもそも別個体だもの。

ムリじゃない?
この人の100%好きとか。


自分は今まで結構ヘビーな人生送ってきたかもしれないけれど。
見なくても済む世界を見たかもしれないけれど。
色んな人に出会って、色んな考え方を聞いて。
それぞれが抱える『苦しみ』が違うと知ったし。

かえって『丸く』なっちゃった。



それでいいんだと思う。






この記事が参加している募集

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?