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「都響スペシャル」、ピアノ:藤田真央_2022年4月21日

大野和士マエストロの振る、「都響スペシャル」、ピアノ:藤田真央を聴いてきました!

真央さんの、”演奏すること以外には一切力を使わない”という意思が伝わってくるかのような姿、そして瞬きもせずに弾く、気迫に満ちた横顔。打って変わって羽根のような指から生まれ続ける音の美しさに、満たされながらも圧倒され続けていました。

オケも素晴らしく、とりわけ「R.シュトラウス:交響詩《英雄の生涯》 op.40」でのヴァイオリン:矢部達哉(都響ソロ・コンサートマスター)の演奏には、指に鈍い痛みが残るほど拍手を止められませんでした。

あれほど難しい曲なのに、主人公の映像や感情がありありと浮かび、感情の機微を味わいきる間もなく場面が激しく展開していく、英雄の人生が見えたのです。

あっという間に演奏会が終了。熱に浮かされたままプログラムを読むと、私はずっと矢部さんを誤解していたことに気がつきました。

20歳代のときに才能を認められ、以来エリート街道を順風満帆に走ってこられた方だと思っていたのです。

しかし彼は2011年、高熱の果てに耳に不調が生じ、2012年には頸椎を傷めたため楽器を構えることさえできず、演奏姿勢をゼロから変更してきたそうです。

さらにコロナ禍を経て「なぜ、この世に音楽が存在していて、何のために必要で、なぜ自分は演奏するのか」が分かったという矢部さんの答えには、心が奮えました。

ここからは私事になりますが、

私は子どもの頃から聴覚過敏の気があり、耳にする音や言葉にウルサイところがあります。 

(耳が肥えているわけではありません。念のため)

耳栓を片時も手放さず、文章を書く時には言葉が皮膚の内側で混ざらないように、耳栓と防音ヘッドホンを重ね付けする日もあるほど。

だからこそ、私にとり耳を解放できて、想像力を野放しにできる時間は、何物にも変え難い大事な時間。

(小鳥の囀りや葉擦れ、せせらぎ、咲き切ったユリの花弁が落ちる音など、神が創り給し自然の音も大好きです)

過去のある音楽体験とコロナ禍を機に、こと音楽に関しては社交辞令やお付き合い、打算や懐具合などの理由で妥協するなら、いっそ聴かないことに決めています。

実は、一昨日突然パソコンが故障したため対応に追われていたり、演奏会に出かける2時間前にケガをしてしまい、直前まで歩行が難しかったなど、割と“ほうほうのてい”で行った「都響スペシャル」。

そんな個人的なドラマもあって、全身全霊で「聴けてよかった!」と天に快哉を叫んだ演奏でした!

(今朝もマイクロソフトさんとのやり取りに始まり、治療院、宿題へと、個人的ドラマは続きます)


ききみみ日記】というマガジンを作り、ここ数年のオペラ・クラシック演奏会の感想を毎日UPしています。
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