見出し画像

純「粋」な人達


その辺に転がっている言葉に「粋」という言葉がある。ネットや本で意味を調べてみたところ、「粋」は日本文化を現す言葉で、時代の変遷とともにとても広い意味を持つ言葉らしい。どのように広義な言葉なのかについては、ここでは言及しないが、調べていくうちに「まじりけのないこと。またそのもの。純粋。」という意味付けが目に留まった。

ああ、なるほど。確かに純粋の「粋」で使う。「粋(いき)」は「粋(すい)」とも読む。

いつだったか友人と深夜に新宿で酒を飲んでいた。結構古くて地下にある居酒屋で、特にこれといって美味しいとか雰囲気がいいとかそういう店ではない。が、とにかくメニューの品数が多くて、壁一面にメニューが書かれていた。大学生からサラリーマンまで、もう終電もない時間だというのに年齢やジャンルにとらわれない客層でにぎわっていた。
テーブルとテーブルの間も狭くて、熱気のある店だった。わたしたちが案内されたテーブルの隣に夜の匂いのする年増の女と明らかに若い学生風の男が隣り合って座っている。その向かいに落ちぶれた元ミュージシャンのように見えるギター(もしかしたらベースだったかもしれない)を脇にかけた中年の男。3人はひとつのテーブルに掛け、まんじりともせず黙っている。彼らが飲んでいた酒はもう忘れたが、がやがやと騒ぐ周囲の喧騒の中、その3人組がものすごく鮮明に見えた。多分あれがまさしく浮いている、ということだろうと思う。

ここらで、年増の美人が泣き出せば、若い男に走った女と旦那か彼氏の三角関係か?と思うところだが、泣いていたのはミュージシャン風の中年男だったので、わたしは気が気でなく(野次馬の間違い)横のテーブルの動向に注目した。

中年男が「全部俺が悪かった」的なことを言っていて女はうつむいていた。若い男はひたすら運ばれてきた料理を食べていた。20分程経過したころ、若い男が「もういいでしょ」と言った。「お母さんもう許してあげなよ」そこで初めて親子だったのか!と驚いていたら、中年男が「本当に俺が悪かった」と繰り返した。またしばらく沈黙があって「これ以上家に帰ってこないならもう離婚します」と静かな声(もしかしたら結構ヒステリックだったかもしれない)で言うと、席を立ち入口のレジで会計を済ませ店を出ていった。

多分きっと女と男の息子であろう学生風の男がまだ泣いている父親を伴い、店を出ていったので私の野次馬は終了した。

「粋(すい)」を考えていると、この日(盗み)みた家族を思い出した。理由はわからないが、家族のやり取りを文章にしていて思うのは、3人の雰囲気がものすごく純粋に感じたからだろう。家族に起きたことや状況は、周囲から見れば普通ではないように見えた(少なくとも状況は異様だった)けれど、きちんと家族として成り立っていた。
おまけに深夜の居酒屋というアングラな場所でもあったけれど、泣いている父親と黙り込む母を前に平然とご飯を食べ続けていた息子も、謝る父親も、なんだかんだ3人分会計していった母親も、早くひとつの家に帰りたがっているように見えた。
その光景になんだか胸を打たれてしまった。

その光景を友人は殆ど覚えておらず、わたしの夢では?と言っていた。相当飲んでいたし、かなり前のことなので、記憶が書き換えられているかもしれない。自信ももうあんまりない。でも真実だったらいいなと、そう思った。


================================
ジャンルも切り口もなんでもアリ、10名以上のライターが平日(ほぼ)毎日更新しているマガジンはこちら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?