見出し画像

映画ドラえもん鑑賞で感じた違和感と、現代技術革新との類似。

今日はなかなかネタが思い浮かばず、この時間になってしまった…。


まだ迷いつつだけど、とりあえず昨日映画ドラえもんを久しぶりに見て感じたことを残しておこうかなと思います。


昨日見たのはこちらの作品でした。
『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』



と言っても、冒頭の30分ぐらいだけ。

最近子供達とも映画が見たいね!と話をしていて、ただ、我が家は基本的にテレビを見ないため普段はテレビチューナーも DVD レコーダーもつないでいません。
すると夫が

「Amazon Stick 使えるんじゃない?」

と提案してくれました。
我が家もアマゾンプライムには入っているので、プライムビデオで子供向けの映画で見られるものを探すと、ドラえもんがヒット。
子供達も

「ドラえもん見たーい!!」

と前のめりだったので、方針決定。
晩御飯の後に少しだけ、映画鑑賞してから寝ることになりました。

おそらく4年ぶりぐらいのAmazon スティック。
うまく稼働するか心配でしたが、いくつか最新へのアップデートが15分くらい必要だったくらいで、最終的にはちゃんと見ることができて、反乱がおきなそうでひと安心(^_^;)

そして鑑賞が始まりました。

ドラえもん鑑賞で感じた違和感

その中で違和感に感じたことがありました。
それは、のび太くんを取り囲む環境が時代錯誤かもしれないと思ったこと。

少し前まで私も疑問に思ったことはありませんが、のび太くんの家庭環境、教育環境は、旧態依然とした日本の古き良きスタイルが色濃いように感じてしまいました。

お父さんがサラリーマン、お母さんが専業主婦。
小学校に通うのは、当たり前のこと。
学校から課せられた宿題や課題は、必ずやらなきゃいけない。点数が高い方がいい。

もちろんこうした家庭や教育が今も存在するし、幸せのひとつこ形であることは認めます。
ただ、日本の国民的アニメがこのような一昔前の日本をそのまま表現してしまうことは、それを鑑賞する子供も大人も、無意識にのうちに「それが当たり前」と思い込んでしまう要因になる気がしました。


ドラえもんのひみつ道具は、現代の技術進歩に似ている


一方で、すごく興味深いと思ったのが、ドラえもんの道具が現在と、これからの科学技術の進歩と近しいんじゃないかと感じたこと。

例えば先述の作品の中では、氷山の氷を自由自在に切り出す道具、氷をふかふかにする道具、探し物を探し当てる道具、、、と、のび太くんや登場人物が「ああしたいこうした」という細かいニーズに対応するひみつ道具がたくさん登場しました。

このひみつ道具達って、現代にも似たようなものがあるなって思ったんです。

ひみつ道具も最初はどこでもドアとかタケコプターなど、「どこか遠くに行きたい」とか、「空を飛びたい」というざっくりとした願望に対して、供給される解決策としての道具が多かったと思います。

それが、さっきあげたみたいな「こおりを自由自在に切り出す」とか、「南極でも寒くない服」とか、人々のさらなる細かい欲求に対して供給される道具が増えているのかなと感じました。

それがまさに、現代で言うクラウドファンディングや新規事業での商品・サービスの開発とすごく似ているなと思ったのです。

新規プロジェクトプラットフォームのMakuakeを見ていると、『かゆいところに手が届くなぁ!』という、ニッチだけど細かいニーズを捉えた商品やサービスがたくさんあります。
これが『ドラえもんのひみつ道具』と、どこか近しい気がするなぁ…とふと思いました。

技術が少しずつ進歩して、人々の生活が少しずつ良くなっていくと、人々はさらに良い技術を求め、また技術が進歩して、生活が良くなっていくという流れがあると思っています。
これからは、Chat GPTに代表される人工知能の技術進歩が飛躍的に進んでいるので、今後それらを活用した新しい商品サービスの開発も進んでいくことでしょう。

ドラえもんのひみつ道具は、まるで現代の技術革新による人類の生活・文化の質向上を、そのまま先取りしているような存在だなと、映画を見ていて感じたのでした。
ファンタジーの力って、すごいなあ。


なんだかまとまりがなかったのですが、今日はこの辺で。

拙い文章でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました!



hona



この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?